議事録

文化審議会著作権分科会
国際小委員会(第3回)議事録

日時:
平成24年12月4日(火)
10:00~12:00
場所:
文部科学省東館3階 3F1特別会議室
  1. 開会
  2. 議事
    1. (1)WIPO等における最近の動向について
    2. (2)EUにおける著作権法制度について
    3. (3)その他
  3. 閉会

配布資料

議事内容

○10:00開会

【道垣内主査】 まだ一部の委員がいらっしゃっていないようですが,そろそろ時間でございますので,ただいまから第3回国際小委員会を開催いたします。本日は,御多忙の中また雨の中御出席いただきまして,まことにありがとうございます。
 本日の会議ですが,予定されている議事の内容を参照しますと,特段非公開とする必要はないと思われますので,既に傍聴者の方には御入場していただいているところでございます。この点,公開とするということでよろしゅうございますでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

【道垣内主査】 ありがとうございます。それでは本日の議事は公開ということとし,そのまま傍聴していただくということにいたします。ではまず,配付資料の確認と,本日の御発表の方につきましての御紹介をお願いいたします。

【堀国際著作権専門官】 それでは事務局から,配付資料の確認をまずさせていただきたいと思います。お手元の資料を御確認いただければと思います。資料1といたしまして,「WIPO等における最近の動向について」,資料1-1といたしまして「視覚障害者等のための権利制限及び例外の議論に関する主な論点」,資料1-2といたしまして「視覚障害者等のための権利制限及び例外に関する国際文書/条約」の草案テキスト,資料2といたしまして,「欧州の著作権法に関する一状況」,参考資料1といたしまして「第12期文化審議会著作権分科会国際小委員会委員名簿」,参考資料2としまして「今期(第12期)の国際小委員会の進め方について」,参考資料3といたしまして,前回の国際小委員会の議事録を机上配付させていただいております。
 本日は議題2におきまして,上野委員からEUの著作権法制度につきまして御発表いただくことを予定してございます。第1回の小委員会におきまして,今期の国際小委では,主要諸外国の著作権法及び制度に対する課題や論点の整理を行うことになりました。第1回は,米国の著作権法及び韓国の著作権法,特に米韓FTAとEU韓FTAを中心に議論を行いまして,また前回では追及権につきまして議論を行ってございます。今回はEUの著作権法制度につきまして御議論をいただければと考えてございます。以上です。

【道垣内主査】 本日は,表紙に書かれておりますような議事の予定でございます。最初に,WIPO等における最近の動向について。それから上野委員からの,EUにおける著作権法制度について,その他という段取りでございます。ではまず議事の1番,WIPO等における最近の動向について,まずは事務局からその状況を御説明いただきまして,その後,委員の皆様から御意見をいただきたいと思います。ではよろしくお願いいたします。

【堀国際著作権専門官】 それでは事務局から,資料1と資料1-1に基づきまして,WIPO等における最近の動向につきまして御報告させていただきます。まず資料1の1ポツでございますが,視覚障害者等のための権利制限と例外につきまして,前回の国際小委員会の会合から2回,会合がございまして,1つが,視覚障害者のための権利制限及び例外に特化しました中間会合というものが,10月17-19日にかけていってございます。2つ目として先々週,11月19-23日に,第25回の著作権等常設委員会がWIPOの場におきまして行われてございます。
 まず(1)の中間会合なのです,視覚障害者等の権利制限及び例外につきましては,ここ数年来,議論が継続してございますが,この中間会合におきましてもテキストベースの議論が,主に非公式・非公開の会合をメーンの場として行われてございます。地域コーディネーターという地域の代表の方と4か国,先進国からは米国,EU,日本,オーストラリアが参加してございます。テキストに基づきまして,逐条ごとに議論をしてございます。テキストは資料1-2に原文及び参考訳としてつけさせていただいてございます。こちらの中間会合では全部の条は終わりませんで,A条からEbis条を中心に議論が行われてございます。そちらの議論を反映した文書を,改訂版として最後に採択してございます。改訂された作業文書について更に,先々週行われました第25回のSCCRで引き続き議論されるという形になってございます。
 この中間会合では,テキストの文言につきまして合意がなされた箇所もございましたが,大きな対立点である著作物の対象範囲,Authorized Entityの要件,スリーステップテストの義務化条項等につきましては妥協が成立せず,全体としては余り進展が見られなかったという状況でございます。
 また,会議の進め方なのですが,途上国から新規提案が多数なされたために,初日の終了時では,当初よりもブラケット,選択肢が多数存在するテキストとなってしまいました。そのため議長から,途中から,すべての出席者の同意が得られない新規提案は却下するものとするというような手続提案がなされて,それが了承されました。その結果,多数の新規提案が却下されることとなってございます。
 2番目の会合といたしまして,第25回のSCCRが開催されておりましたので,そちらも御報告させていただきます。上の中間会合の結果作成されたテキストが,第25回のSCCR会合の冒頭で採択されまして,引き続き,テキストベースの議論が非公式会合の場で逐条ごとに行われました。こちらは地域コーディネータープラス7か国ということで,先進国グループを1つの地域としているのですが,先進国からは米国,EU,日本,オーストラリア,スイス,ニュージーランド,カナダが参加してございます。この議論の結果作成されたテキストが,全体会合で草案テキストという形で採択されております。主な論点をまとめたものを資料1-1,原文及び参考訳を資料1-2に添付いたしました。
 今月,12月17-18日にかけて行われますWIPO臨時総会におきまして,この作業文書の評価が行われ,2013年に外交会議を開催するかどうか決定される予定でございます。仮に外交会議を開催すると決定した場合,この臨時総会と同時に,外交会議に向けた準備委員会が開催される予定です。現在の国際の場での雰囲気といたしましては,条約化へ向けたコンセンサスというものが形成されつつありまして,早ければ来年の夏に,条約採択のための外交会議が開催される可能性がございます。
 こちらの視覚障害者等の権利制限及び例外の主な論点について,資料1-1に基づきまして御説明させていただきたいと思います。こちら,前回の国際小委員会でも1回御紹介してございますが,この2回の会合を踏まえました最新版の論点に改訂させていただいてございます。前回報告からの主な変更点に下線を付してございます。
 まず国内的な観点からなのですが,1ポツの著作物の定義で,国際文書上の権利制限の対象としては,テキスト・メモ・図表という形で,いわゆる書籍・文書の形式のものとするということで合意が成立しました。この定義において,いわゆるオーディオブックのようなもの,音声ですけれども文書の形式のものが,著作物の定義に含まれるかどうかが明確ではないというところがございましたので,オーディオブックが著作物の定義に含まれる点について,合意声明という形で明確化される予定です。
 2ポツの受益者につきましては,受益者として,視覚障害者等に加えて身体障害により,書物を支えること,又は扱うことができない人,肢体不自由の方を対象としているという点につきましては,前回御報告したところより変更はございません。
 3ポツとして,the right of public performanceという権利についての権利制限が提案されていたのですが,こちらは前回会合の議論の結果,the right of public performanceの権利の権利制限につきましては,義務的規定ではなく,加盟国又は締約国の義務とはならない任意的規定とすることで合意が成立してございます。
 4ポツとして,市場の利用性の条項,英語ではmarket availabilityと呼ばれているのですが,こちらがC条のパラ4項にございます。この規定は,締約国は視覚障害者等のための複製権等の権利制限規定を,適当な条件で商業的に特定のアクセス可能な形式の著作物が入手できない場合のみに限定することができるという規定です。この規定は任意的規定ではあるのですが,途上国側は,商業的に著作物が入手できない場合に限定するということは,Authorized Entityに対し商業的に入手できるか否かの調査負担を課すことになるとして,本規定の導入について反対し,削除を求めております。
 次のページを御参照ください。こちらは国際的な観点についての項目で,具体的には,アクセス可能な形式の複製物の輸出入についての項目です。アクセス可能な形式の複製物といいますのは,点字図書ですとかDAISY図書ですとかいった,視覚障害者の方向けにアクセスしやすくした複製物というところでございます。
 こちらは,議論自体は前回御報告しましたところから大きく変わったところはございません。1ポツのAuthorized Entityですが,点字図書,録音図書等,輸出入を行う団体を設置するというところが規定してございまして,本国際文書上においてAuthorized Entityの義務的な役割として求められていますのは,録音図書の輸出入というところでございます。
 Authorized Entityの要件としては,1つは政府によってauthorize又はrecognizeされる,非営利ベースで受益者に教育,訓練,適応型読書又は情報へのアクセスを提供する団体であること,2番目としまして,一定の実務慣行(practice)を有するということでして,具体的には,サービスの提供相手が受益者であること,録音図書等の頒布先を受益者又は他国のAuthorized Entityに限定するということ,無許諾の複製物の乱用の禁止,複製について妥当な注意を払い,その扱いを記録するということで合意されてございます。政府によってauthorizeされるという要件により,著作権法37条3項の政令指定された団体がAuthorized Entityとなるような制度が許容されることが明確になっております。
 2番目のアクセス可能な形式の複製物の輸出入ですが,これは次のページの参考図に記載した仕組みでございます。国際文書では,アクセス可能な形式の複製物がA国の国内法の権利制限規定等に基づいて作成される場合は,A国のAuthorized EntityはB国にいるAuthorized Entityを通じて受益者にその複製物を提供できるということを定めるという,この参考図で書いた仕組みづくりを締約国が定めることが求められております。なお,Authorized Entityは図書館や点字図書館のような団体が,想定されているところでございます。
 3ポツは,アクセス可能な形式の複製物の輸出国からの提供の条件の限定です。これはEU提案で,現在もなお議論中というところでございます。この参考図でお示ししました太い矢印の,アクセス可能な形式の複製物を輸出するという具体的な提供の条件を,更に限定するものでして,EU提案では,受益者がアクセス可能な形式の複製物を,通常の頒布経路で,適切な価格で入手可能であったことを,輸出国側のAuthorized Entityが知っていた,又は知り得た場合には,上記の頒布又は提供を禁止することになります。
 もう少し御説明いたしますと,B国内の受益者が得ようとするアクセス可能な形式の複製物が,B国内のマーケットで受益者に手に入る場合に,手に入るということを輸出国側のAuthorized Entityが知っていた,又は知り得た場合には,B国内でのマーケットを壊すことになりますので,そのような場合には,A国からB国へのアクセス可能な形式の複製物の提供を禁止するという規定でございます。
 4ポツは,国境を越えた交換を容易にするための協力です。前回の御報告では,Authorized Entityの国への任意的登録制度という提案がなされていたのですが,こちらの提案は削除されました。その代わりに,海外のAuthorized Entityが輸出入の際にお互いを認識できるように,締約国は,情報共有を容易にすることができるように努力するという提案がなされております。こちらでは書いてはいないのですけれども,資料1-2の条文では,Authorized Entityのリストを,アクセスポイントであるWIPOのホームページに公開するようなことも,現在,国際的な場の議論には上がっている状況でございます。以上が現在の主な論点とでございます。

 続きまして,資料1の2枚目を御参照いただければと思います。第25回のSCCR会合では,視覚障害者の権利制限の議論以外にも,放送機関の保護と,視覚障害者以外の権利制限及び例外についても議題として上がっております。
 放送機関の保護につきましては,25回のSCCR会合では,多くの時間を視覚障害者等のための権利制限及び例外に割かれたため,内容に関する議論は行われずに,今後の進め方に関する議論が行われました。前回のSCCRで,シングルテキストという形で条文案が作成されておりますが,誤記等がかなり多いということがございまして,我が国からは誤記の訂正を行うようWIPO事務局に要請してございます。また,本議題につきましては,我が国を始め米国,EUなどの先進国も総じて前向きでございまして,更に途上国,南ア・メキシコなども,早期条約採択につきまして非常に前向きな姿勢というところでございますので,2014年の外交会議の開催を目指して2013年の前半に3日間の中間会合を開催することが,今回の会合で決定されてございます。
 3ポツとして,視覚障害者以外の権利制限ということで,図書館・アーカイブ・教育機関等のための権利制限及び例外に関する議論が,前回及び前々回から始まったところですが,今回の会合では,上の2つの議題に時間を割かれ,実質的な議論は全く行われませんでした。次回以降の会合で継続して議論されることになっております。
 次回のSCCRの会合は,来年の7月に開催予定です。放送条約について2日間,図書館とアーカイブの権利制限と例外について2日間,教育機関等の権利制限及び例外について1日間,議論される予定です。御報告は以上でございます。

【道垣内主査】 ありがとうございました。大きな話としては,視覚障害者等のための権利制限についての国際文書の作成の話と,それからそれ以外ということで,まずは前者の方につきまして,確認すべき点があればしていただいた上で,日本としてどのように対処するのかという観点もお考えの上で御議論いただければと思います。いかがでしょうか。野口委員,どうぞ。

【野口委員】 何点か御質問と整理なのですが,まず対象となっている著作物は,資料1-1では「テキスト・メモ・図表」の後,「(書籍)」と書いていただいているのですけれども,原文の方の資料1-2のArticle A,Definitionsのworkというところを拝見しますと,literary and artistic works,in the form of text,notation and/or related illustrations,whether published or otherwise made publicly available in any mediaとありますので,例えばテキストのウエブサイト等もすべて含まれるような定義にも読めるのですけれども,そちらは明確に書籍であるということが念頭に置かれて議論をされていたのかどうかというところを,1点教えていただきたいと思います。
 その後,私が不勉強なのかもしれないんですけれども,3のところで,権利制限については,利用可能化権って,送信可能化ではなく。

【作花文化庁審議官】 国際的には利用可能化権です。

【野口委員】 そうですね。送信可能化のこととは理解はしているのですけれども。それと,Authorized Entityを通じた輸出入との関係を,ちょっと整理させてください。要するに送信可能化というと,インターネットで配信するというイメージがあるんですけれども,その一方で,そうしますと海外のAuthorized entityも,例えば日本の図書館が英語版を送信可能化すると,みんな見えてしまうのではないかというような感じもするので,Authorized Entityを通じてしか海外の人がアクセスできないようにするということは,国内・海外含めて基本的には送信可能化はするのだけれども,何らか資格のある人だけがアクセスできるような技術的な手段などをかけないと実現できないということになるような気もして,その両方の整合性をどのように議論されているのかがもしおわかりであれば,教えていただきたいと思います。

【堀国際著作権専門官】 御質問を2ついただきまして,まず1つ目の御質問ですが,国際的な議論の場では書籍という単語は明確には用いておりませんで,基本的にはテキストの形式となっております。しかもin any mediaとございますので,野口委員の御認識のとおり,ホームページのようなテキストも著作物の定義には含まれ得るのではないかと考えてございます。
 次に2番目の御質問ですが,我が国でも37条3項における権利制限で,自動公衆送信に関する規定がございまして,こちらは,点字図書館からの受益者の方ヘのダウンロードのようなものを想定しているかと思います。海外の輸出入との関係で何らかの,だれでも見られないようにするような制限は必要かと思うのですが,基本的にはインターネット上で国を越えた電子的なやりとりをするために,利用可能化権の権利制限は用いられるのではないかと思っております。

【野口委員】 そうしますと,この37条3項の今の運用を私はよく存じ上げていないというところもあるのかもしれませんけれども,基本的には閉じた回路で,限られた形ではあるけれども,インターネット回線を通じて配付するために,例外規定は入っているけれども,基本的には広くインターネットにオープンにするというようなことは想定されていないという整理でよろしいのでしょうか。その場合は,例えば最近の技術進化との関係もあるんですけれども,音声読み上げソフトのようなものを,例えば視覚障害者の方が自分のパソコンにインストールしてウエブサイトをクロールしたりするのは,私的複製の範囲内で個人的に行っているという整理であって,この例外規定で処理するものではないという整理でよいと,国内法的には考えるということでよろしいのでしょうか。
 また,Kindleに音声の読み上げ機能がついているというのは皆さん御存じだと思うのですけれども,あちらも,許諾に基づいて処理しているから例外規定ではないという処理なのか。その辺の,近年の技術進化等の関係で,例えば日本の事業者が今後,電子書籍端末などを出したりするときに,必ずしも視覚障害者でない方も含めて,読み上げ機能をつけたりするようなことがあるかと思うのですが,そういうものは別の例外規定若しくは許諾で処理するものであって,これは許諾がない場合の書籍について,視覚障害者の方のために特別にファイルをつくるという場面だけを限定して議論しているというような整理でよろしいわけですよね。済みません。ちょっと確認をさせていただきたかった趣旨でございます。

【堀国際著作権専門官】 インターネットの送信の際に,(視覚障害者等以外の)ほかの方も見られないという点は,Authorized Entityの定義のところで記載があります。資料1-2の7ページのところで,ⅰからⅳまでありますが,ⅱで,“to limit beneficiary persons and/or authorized entities its distribution and making available”というところで,基本的には,(アクセス可能な形式の複製物の)提供を他国のAuthorized Entityか受益者に限るという規定がございますので,野口先生の御指摘された御懸念は,この規定で解消されていると考えております。
 それと,輸出入の枠組みは権利制限規定により作成された複製物で,(著作権者の)許諾により作成された複製物とは関係ないという点についてですが,そちらは11ページのD条の1段落目,パラ1のところで,2行目に,“an accessible format copy of a work is made under an exception or limitation”とありまして,基本的には,国内法での権利制限規定を用いましてつくられたアクセス可能な形式の複製物というものが,輸出入の対象になっていると理解してございます。ですので,(著作権者の)許諾に基づく複製物については,基本的にはこの枠組みの対象外と理解してございます。

【道垣内主査】 よろしいでしょうか。ほかの方,いかがでしょうか。どうぞ,山本委員。

【山本委員】 1点確認させていただきたいのですが,資料1-1の末尾の参考図のところなのですけども,先ほど話が出てきたArticle Dの1との関係で。A国とB国との話で,資料1-1で言うと2ページ目の2ポツのところに書いてある,A国のAuthorized EntityがB国にいる受益者に,複製物を頒布,提供できるという枠組みについての確認なのですけども,それをその次の参考図で言うと。この条文を読むと,A国の義務として,輸出できるようにしないといけませんよという義務であって,B国が義務として,外国のものであっても受け入れないといけないですよという義務ではないと理解したのですが,それでよろしいでしょうか。

【堀国際著作権専門官】 D条では,輸出国側の義務を,山本先生の御指摘のとおり規定してございます。実はE条の方で,輸入国側の受入れ義務を規定してございます。テキストは,資料1-2の英語版は12ページ,日本語ですと28ページになります。締約国の国内法で,アクセス可能な形式の複製物を権利制限を用いて作成することが認められる限りにおいてまでは,締約国の国内法は受益者のために,著作権者の許諾なしにアクセス可能な複製物を輸入することを許可するべきであるという。我が国で申し上げますと著作権法113条の1項のような規定が,設けられてございまして,こちらが端的に申し上げれば輸入国側の義務と考えてございます。

【山本委員】 はい。

【道垣内主査】 そのほかいかがでしょうか。どうぞ,鈴木委員。

【鈴木委員】 資料1の,先ほど御説明いただいた中で,スリーステップテストの義務化条項について妥協が成立せずと書いてございますけれども,これは具体的にはどういう議論があるのでしょうか。今回仮に条約になると,ベルヌ条約との関係では,同条約20条の特別の取決めという位置づけになるのかなと思うのですが。また,ベルヌ条約やTRIPS等のスリーステップテストの枠内でといいますか,その義務のもとで新しい条約上の義務がまた発生するということだと思います。ですから,どういった議論があるのかを教えていただければ有り難く存じます。

【堀国際著作権専門官】 論点の資料には書いてはいなかったのですが,御指摘の論点につきましては,前回,第25回のSCCRで,途上国と先進国がある程度歩み寄りを見せております。途上国側の懸念としては,WCTの10条で,基本的にはベルヌ条約とWCTすべてにスリーステップテストがかかるという条項があるのですが,WCTに加盟している国は90か国程度,世界の半数程度でございまして,半分の国はベルヌ条約しか加盟していないという状況でございます。ベルヌ条約は9条2項にスリーステップテストがあるのですが,それ以外について,直接スリーステップテストはかかっていない状況でございます。EU側の提案としては,この条約の権利制限すべてにスリーステップテストをかけるという提案だったのですが,そうすることによりWCTに加盟していない国は,今までスリーステップテストがかかっていなかった部分にもスリーステップテストがかかってしまうという点が,途上国側の懸念でございました。
 その途上国側の懸念を解消するために,資料1-2,19ページの"Respect for copyright provision"という,終わりの方の,下から2番目の条項が検討されております。参考訳ですと31ページです。「本条約の適用を確保するために必要な措置を講じる場合において,加盟国/締約国は,スリーステップテストの義務を含む,ベルヌ条約及びその他加盟している条約に定められた権利を行使することができ,又は義務を遵守する」ということで,基本的には,加盟国が今現在ベルヌ条約だけ加盟しているのであればベルヌ条約の義務を負い,もしWCTに加盟しているようでしたら,ベルヌ条約プラスWCTの義務を負うこととなっております。加盟国は,スリーステップテストの義務を含む,それぞれ今加盟している条約の義務を負うというふうな条項により,妥協する方向で今,動いてございます。

【道垣内主査】 よろしいでしょうか。どうぞ。

【佐藤国際課長】 鈴木委員の御指摘のこの条約の位置づけですが,ベルヌ条約の特別な取決めにするかどうかはまだ決まっておりません。アクセス可能な複製物を輸出入する仕組みを主とする条約のような性質のものにするか,ベルヌ条約の特別のものにするかどうかというのは今後の議論で,前者の選択肢は,途上国から出ております。その場合は,WIPO加盟国の資格要件と絡んでくるのですが,ベルヌの加盟国だけにするのか,WIPO加盟国であればいいかという点は,まだ議論があろうかと思います。

【道垣内主査】 日本としてどうするのがよいのかという観点はどうなのですか。

【佐藤国際課長】 基本はベルヌ条約加盟国だと思いますが,性格に応じて,障害者の方々のアクセスを容易にするという精神ということであれば,(ベルヌ条約)加盟国でなくてもいいのではないかという議論も出ております。この点は少し論点になるかと思います。

【道垣内主査】 どうぞ。前田委員。

【前田委員】 国内法との関係を教えていただきたいのですが,資料1-1で御質問させていただきますと,2の読書障害者の方を受益者に含むという点については,多分37条3項には今含まれていないので,この点は改正が必要になると。それから4ポツのところなのですが,これはmayとする任意的規定が入れば,37条3項のただし書と整合すると。それから次のページのAuthorized Entityの要件については,現行法の施行令の2条1項2号と整合していると。それからアクセス可能な形式の輸出入に関しては,細かい点はともかくとして,大体113条1項1号と整合していると。こういう理解でよろしいのでしょうか。

【堀国際著作権専門官】 まず国内,受益者の部分なのですが,御指摘のとおり,我が国の著作権法37条3項では,対象の方として,身体障害により書物を支えること又は使うことができない方は含まれていないと考えてございまして,この点は,仮に条約化され,我が国が締結するという状況になった場合には,法改正が必要である可能性が高いと考えてございます。
 あと,次のページのAuthorized Entityの設置なのですけれども,現在,37条3項で規定されております政令指定団体は,国内の複製権や自動公衆送信の権利制限につきまして規定するのみでございまして,条約上求められておりますのは,録音図書等の輸出入というところを義務的な役割として求められてございますので,法改正という観点から少なくとも検討が必要かと考えてございます。
 あとは,輸出入自体の仕組みと,著作権法113条1項との整合性についてですが,113条1項と大体整合していると考えているのですけれども,37条3項の政令指定団体は,基本的に国内の団体に限られております。その点について少し検討が必要かと考えてございます。

【道垣内主査】 よろしいでしょうか。最後の点ですか,この図を見ますと,日本がどちらにせよ,国内のAuthorized Entityだけに管轄を及ぼしていれば,それでいいのではないのですか。外国の団体にも直接,日本が管轄を及ぼす必要があるのですか,条約の仕組みは。二者間の間でやりとりして,あとはドメスティックにできるように理解していますけど,いかがでしょうか。

【堀国際著作権専門官】 そうです。海外から複製物をいったん受け取りまして,その後複製物を国内でやりとりするところは特に問題ないと考えておりますが,海外から複製物を受け取るというところについて,少し検討が必要かと思います。

【道垣内主査】 やりとり自体には,新しい何か仕組みが国内で必要だと思います。

【堀国際著作権専門官】 必ずしも法改正が必要とは考えておりませんで,少し整理が必要と考えております。

【道垣内主査】 条約そのままでは難しいかもしれませんけれども。どうぞ。

【作花文化庁審議官】 国境をまたぐ物の移動,有体物を介する移動と,それから無体的に送信される移動があると思います。有体物の移動につきましては,基本的には113条はむしろ侵害とみなす規定,むしろこれを違法とする規制規定でございますから,さわらなければ,これを隔離しなければ,もともとフリーな移動ができるわけです。つまり,113条に加えられなければもともと自由です。だから113条というのはむしろ権利を拡張する機能を有している。そこを少し逆転して理解しようとすると理解困難になるので,そこは的確にとらえる必要があろうかと思います。ただし,国内において作成したとしたならば違法となるというフィクションがありますから,基本的には国内法制で,制限規定で自由なものは,自由に輸入できるということになるのですが,ただ先ほど担当が申し上げたとおり,37条3項というのは政令で指定する団体が自由にできる。だれでもではなくて,政令指定の団体のみが自由に複製・頒布できるというところがありますので。113条の解釈において,政令指定団体というのが基本的に今,国内に限られていますから,そこら辺は少し工夫する必要がある。つまり,この条約の加盟国である他国が指定する団体も,113条の制限規定が実質的に働くようなフィクションというのが多分必要になってくるのだろうと思います。これが1点です。
 それからもう一点は,今は有体物の移動を前提に考えていますが,恐らくこれからネットの時代ですから,録音物を作成したり,あるいはDAISY図書,DAISYと言われる障害者対応のデジタルフォーマットでつくられたものの多くは,電子送信されることが非常に多いと思います。そうしたときに,A国,日本が,他国のニーズに応じて送信する場合は,37条3項で権利を制限していればそれでいいのですが,問題は他国から日本側に送信される場合,閲覧だけであれば何ら権利は働かないのですが,ダウンロードという行為が多分必要になってくるのだと思います。それが私的使用目的の複製であれば,何もいじらなくても大丈夫なのですが,例えばダウンロードする主体がAuthorized Entityという事業者であったりした場合,それに適用される制限規定が今のところ我が国にはないので,その点に関して何らかの手当が必要になるのかもしれません。これは今後,条約の形成ぐあいに応じて,我々としても考えていかなければいけない点だろうと思っております。

【道垣内主査】 どうぞ。

【野口委員】 今の37条3項の点と,資料1-1の4のところの整合性で,もう一点御質問なのですけれども,Cの4条は要件として,cannot be obtained commercially under reasonable termsというのがありまして,この部分が,37条3項ただし書は,公衆による公衆への提供又は提示が行われているという,その方法によってとはなっているのですが,このcommercially reasonable termsというのは入っていないので,もしこれをこのまま追加される場合には,そこにそれを追加しなければいけないということになるという理解でよろしいでしょうか。

【作花文化庁審議官】 御指摘のとおりでございます。日本の今の37条3項ただし書は,ある意味では障害者の方にとってみれば,やや範囲を狭めております。今,条約で提案されているスタイルというのは,いわゆるイギリス方式で,障害者にとってみれば,より利用の範囲が広がるスタイルです。ですから,日本の今の現状は障害者にとっては狭いので,これはやはり,このままの形で条約が採択された場合,37条3項ただし書については手当が必要になると思っています。

【道垣内主査】 よろしゅうございますでしょうか。それではもう一つあります。資料1の裏のところですが,放送機関の保護その他につきましてはいかがでございましょうか。ようやく,視覚障害者等のための権利制限についての国際文書が入ったので,放送期間の保護についての条約は翌々年ということになるでしょうか。

【佐藤国際課長】 順番としてはそうなります。

【道垣内主査】 いかがでしょうか。どうぞ。

【笹(ささ)尾委員】 放送機関の保護については,この勢いで是非早期採択に向けてというところでございます。よろしくどうぞお願い申し上げます。

【道垣内主査】 そのほか何か。資料がない状態ですので,方向性の議論しかできないかもしれませんけど。よろしゅうございますか。ではそれ以外の点,特に視覚障害者等以外の権利制限及び例外は,何かございますでしょうか。よろしいでしょうか。
 それでは,どうもありがとうございました。議題1は以上といたしまして,次に議題の2に入りたいと思います。ここでは,EUの著作権法につきまして,上野委員から御発表いただきたいと思います。その上で御議論いただければと思いますので,上野委員,よろしくお願いいたします。

【上野委員】  上野でございます。ヨーロッパの動向を報告するようにと仰せつかりまして,本日は私の方から少しだけお話をさせていただきたいと思います。
 もちろん,私はヨーロッパの動向全体を把握しているわけではございませんし,欧州の著作権法といいましても非常に幅が広うございますので,そのすべてを理解しているわけでもないのですけれども,最近の新しい動き,あるいはヨーロッパ法全体の基本を認識するにふさわしいものとして,欧州著作権コードというものを紹介し,日本法がどういう示唆を得られるのかというお話をさせていただきたいと思います。
 御存じのとおり,ヨーロッパにおきましては,従来指令(directive)という形でヨーロッパ法が築かれてきたわけでございます。この中には,例えば,1991年のコンピュータ・プログラム指令など,かなり古いものもございますし,既に日本法と整合しないものも含まれているところでございます。例えば,保護期間指令もそうですし,あるいは,――私はヨーロッパにおりまして出席できませんでしたけれども――前回の委員会では追及権が検討されたそうですが,追及権指令のようなものもございます。また,つい最近でございますけれども,本年10月25日に孤児著作物(orphan works)に関する指令というのもできております。
 そんな中,こうした指令というような方法とは別の新しい動きがありまして,それをヨーロッパにおける1つの傾向として御紹介したいと思います。それは欧州著作権コードというものでございます。これは,一言で申しますと,ヨーロッパ全体が国を超えて新しい著作権制度を模索する動きと言うことができようかと思います。
 本日は,欧州著作権コードの翻訳を「試訳」ということで配付させていただきましたので,御参照いただければと思います。
 この欧州著作権コードは2010年4月26日に公表されたものでございます。これは,Wittem Project Groupという,少し聞きなれない言葉なのですけれども,ヨーロッパの学者たちによる共同研究の成果でありまして,その起草には,ヨーロッパで大変著名な学者が含まれております。イギリスのBently教授,ドイツのDreier教授,あるいはHilty教授,オランダのHugenholtz教授などであります。
 なぜコードというものが登場したのかという背景について,お話をしたいと思います。先ほどお話しいたしましたように,従来,ヨーロッパにおける著作権制度の形成というのは,指令によって行われてきました。1991年のコンピュータ・プログラム指令に始まりまして,貸与権指令,衛星放送指令,保護期間指令,データベース指令,情報社会指令と続いてきて,それに加えて8つ目の孤児著作物指令ができたというわけです。約20年間にわたってこうした指令が作成されてきたわけであります。
 ここで指令と申しますのは,一定の目的の達成を各加盟国に求めるというものでありまして,加盟国はこれに合わせて国内法を改正しなければならないということになるわけであります。したがいまして,指令が対象とした個別の論点につきましては,確かに明確なハーモナイゼーションが実現されるというメリットがあるわけであります。
 しかし,こうした従来の著作権立法に対しては,次のような問題が指摘されてまいりました。まず,御覧いただいておわかりのように,指令の内容というのは非常に個別具体的であります。例えば貸与権とか,あるいは追及権とかいう形で指令を作りましても,それは非常に個別具体的なテーマにかかわるものでありまして,著作権法全体をトータルにハーモナイズするというものではないということであります。したがいまして,結果として一貫性が失われたり,あるいは全体を見通すことが困難になっていると指摘されてまいりました。
 そこで,Wittem Projectは,欧州著作権コードというものによって,ヨーロッパ著作権制度の透明性と一貫性を高めようとすることを目的としているわけであります。
 また,このグループの主張によりますと,ヨーロッパにおける立法プロセスというものが不透明であったということも指摘されています。もちろん,これは議論のあるところですけれども,欧州著作権コードの前文におきましては次のように述べられています。「ヨーロッパレベルにおける著作権法制定のプロセスが透明性を欠いており,アカデミアの声に耳を貸さないことが余りにも多かった」ということでございます。私も研究者の端くれでございますので,そういう気持ちは理解できないではありませんが,このコードでは前文からそのようなことが述べられております。
 そして,そうした不透明な立法プロセスにおける従来の指令による著作権立法というのは,どうしても,ロビイングによって権利を強化する方向で立法をする傾向が強かったという指摘がなされています。例えば,最近ですと,昨年,2011年9月に保護期間指令が改正されまして,実演家及びレコード製作者の著作隣接権の存続期間が50年から70年に延長されたわけでございます。
 そして指令という手法は,これを幾ら積み重ねましても,加盟国ごとにばらばらの著作権法が存在し続けるということに変わりはありません。もちろん,その方が加盟国の個性に応じた独自の著作権法を持つことが可能になるというメリットもあります。例えば,イタリアの著作権法にはマーチングバンドによる演奏に関する制限規定があるということがよく挙げられるわけですけれども,こういう国に合わせた規定を持つということが可能になるというメリットは確かにあるわけでございます。
 ただ,加盟国ごとに属地的な著作権法が併存するということになりますと,例えばインターネットを介してヨーロッパ市場に著作物を配信するためには,基本的に27の加盟国すべてのライセンスを得ることが必要になってしまう,という問題が指摘されております。もちろん,これは本来ヨーロッパ域内だけの問題ではないわけですけれども,域内市場の活性化を目指すヨーロッパにとりましては,国境を越えるコンテンツ流通が阻害されているという事態が,やはり問題視されているものと考えられます。
 こうした問題意識に基づきまして,欧州著作権コードというのは,ヨーロッパにおける新たな著作権立法を目指しているわけであります。
 そこで採択されているコードという形式について,述べたいと思います。コードというのは,一言で申しますとモデルローのようなものと言っていいのではないかと思います。確かに,著作権法を改革すること,つまりリフォームと呼ばれる議論は,ヨーロッパだけではなくアメリカにもあるわけですけれども,アメリカではcommon principlesという形で,複数の共通原則を示すということもなされております。ただ,principlesの場合ですと,基本的な考え方を示すというものでありますために,共通の理解が得やすいというメリットがある反面で,条文の形にはなっていないためにそのまま立法できるというものではないわけです。その点,著作権コードというのは,立法例の形で起草されておりますために,承認されれば立法化というのは比較的容易と考えられます。
 ただ,欧州著作権コードというのも,一見すると,著作権法に関するすべての規定を持っているように見えて,完全なものではありません。例えば,救済に関する規定,すなわち民事救済として差止め請求ですとか損害賠償請求とかについての規定はありませんし,また刑事罰の規定もありません。あるいは著作隣接権に関する規定も含まれておりません。更に,技術的保護手段ですとか,データベース,公貸権,そして追及権に関する規定も含まれておりません。しかし,欧州著作権コードは,著作権法の主たる領域,すなわち主体,客体,権利の内容と制限といったような点につきましては,一通りの規定を持っているわけであります。
 ただ,このコードという形式は,そのままでは何の拘束力もありません。そこで,このグループにおきましては,将来的には,このコードが欧州規則(regulation)という形をとることが目指されております。この欧州規則というのは,ヨーロッパ法におきましてはすべての加盟国において即時に効力を有する法形式であります。この点で,国内法化を原則として必要とする指令とは異なるわけであります。もし欧州規則によってヨーロッパ全体の単一の著作権法を設けることができれば,現在27加盟国の各著作権法が,これによって置きかえられるということになるわけであります。
 このようなヨーロッパ統一著作権法という構想は,かつては単なる絵空事であったのかもしれませんけれども,2007年にリスボン条約が締結されまして,欧州機能条約118条が設けられたことで現実味を帯びてきたと言われております。つまり同条におきましては,欧州議会及び理事会は,共同体全体の知的財産権の統一的な保護を実現するための欧州知的財産権の創設のための措置をとるものとする,と規定されておりまして,これによって,ヨーロッパの統一著作権法に向けた欧州の立法権限が確保されたものと解されているからであります。実際のところ,欧州特許法におきましては,欧州統一特許あるいは特許裁判所といったものにつきまして,2012年6月に欧州理事会による承認を得て,2014年の実施を目指していると聞いております。
 もちろん,欧州著作権コードというのは学者の集まりということでありまして,公的なレベルでどれほど受け入れられているのかということは確かに問題となるところではあります。ただ,2011年5月24日に公表されました「A Single Market for Intellectual Property Rights」という文書がありますけれども,その中でも欧州著作権コードのような方向性の実現可能性について検討していくというようなことが書かれております。
 それでは,この欧州著作権コードの内容についてお話をさせていただきたいと思います。まず,一般的な特徴について3点あります。
 第1に,大陸法と英米法の統合という点でございます。著作権制度というのは,よく言われますけれども,大陸法系のオーサーズライト・アプローチと英米法系のコピーライト・アプローチというのが一応存在するわけでありますけれども,ヨーロッパはそれが両方とも共存しております。そのため,従来の指令の解釈におきましても,例えば,著作物性の概念一つとりましても国によって異なっているということで,解釈にそごが生じることがよくありました。そのような中,欧州著作権コードは,その前文でも述べられておりますけれども,コモンローとシビルロー,そしてコピーライト・アプローチとオーサーズライト・アプローチの伝統を統合し,これを反映した上で,著作権に関する共通のルールを欧州に設けることを目指しているというわけであります。
 第2に,シンプル&フレキシブルという点であります。欧州著作権コードが起草された背景には,従来の指令による立法が一貫性と透明性に欠けていたという問題意識があります。そのような中,欧州著作権コードは,その前文でも述べられておりますように,全体的にシンプルな共通ルールを設けることによりまして,一貫性と透明性を確保するとともに技術の発展に柔軟に対応できるように,ある程度のフレキシビリティを持つことを指向しているわけであります。
 第3に,EU法の蓄積の継承であります。著作権法を大きく変えていこうというリフォームの議論になりますと,既存のベルヌ条約などもいったんなしにして,ゼロからあるべき制度を構想しようという議論が,アメリカなどでもあるわけですけれども,欧州著作権コードというのは,「はじめに」のところでも述べられているように,既存の条約等の義務を基本的には踏襲し,その範囲で可能な立法を目指すというものであります。特にヨーロッパの場合ですと,ベルヌ条約やTRIPS協定といった国際条約だけではなく,それ以外にも指令が幾つかあるわけです。そのため,これまで蓄積されてきたEU法の総体系――これはよく,アキ・コミュノテール(acquis communautaire)と呼ばれるのですけれども――が存在するために,これらは基本的に前提とされることになります。その意味では欧州著作権コードというのは,現実路線と言えるわけです。けれども,その内容をよく見ますと,幾つかの点については,既存の指令からの逸脱というものも見受けられるところであります。
 では,具体的な条文の内容についてお話をしたいと思います。欧州著作権コードは,非常にシンプルな規定なのですけれども,よく見ますと興味深い規定が含まれているのがわかります。ただ,本日は内容について余り具体的にお話をするのを避けまして,全体的な傾向について検討するということにしたいと思います。
 結論から申しますと,欧州著作権コードというのは常識的なことが書かれていて,決してラディカルではないといえるのですけれども,それでも,従来のヨーロッパの大陸法系の著作権法からすると非常に先進的といいましょうか,モダンな考えがうかがえるところであります。それは以下のような点にあらわれています。
 まず1つ目に,欧州著作権コードには,よく見ますと職務著作制度のようなものが設けられております。御存じのようにヨーロッパ大陸法系の著作権法におきましては,伝統的に創作者主義が貫徹されておりまして,職務著作制度というのは基本的にありません。ですから,会社の従業員によって職務上作成された著作物でありましても,従業者に権利が帰属するというのが原則であります。他方,イギリス法におきましては,職務上の著作物について,一定の場合,使用者に著作権が帰属するという11条2項の規定がありますし,またアメリカにおきましては,職務上の著作物のみならず,一定のカテゴリーに限ってですけれども,注文や委託による著作物も職務著作として,使用者等に著作権が帰属するということになっております。
 そのような中,欧州著作権コードは,ヨーロッパ版職務著作とでも言うべき制度を持っております。これは2-5条という規定なのですけれども,職務上作成された著作物については,別段の定めがない限り,使用者に財産権が移転されたものとみなしているわけです。また,2-6条という規定を見ますと,こちらは委託に基づいて著作物が作成された場合について定めておりまして,別段の定めがない限り,委託者は当該委託実現のために必要な範囲で著作物を利用できると規定されておりまして,いわばライセンスした形になるということであります。
 このように,欧州著作権コードは,職務上の著作物につきまして明文の規定によって使用者に一定の権利を与えようとしている点で,ヨーロッパにありながら英米法的な要素を取り入れたものと評価できるように思われます。この点も,このコードの前文で述べられている,オーサーズライト・アプローチとコピーライト・アプローチの融合というものに当たるのだろうと思います。
 それから第2に,著作者人格権についての規定が第3章にございます。一般的に申しますと,ヨーロッパ大陸法系の著作権法では著作者人格権が非常に重視されているというイメージを我々は持っているのに対しまして,英米法系では,実際にベルヌ条約上の義務を果たしていると言えるかどうかが疑われるほどに,著作者人格権の保護が相対的に弱いことが多いわけであります。そのような中,欧州著作権コードは,第3章で著作者人格権を規定しているのですけれども,その内容は比較的保護が弱いものであります。
 例えば,同一性保持権を定めた3-4条1項というのは,ベルヌ条約における著作者人格権と同様に,名誉・声望要件が課されております。つまり著作物の改変であっても,同一性保持権が及ぶのは,自己の名誉又は声望を害するおそれのあるものに限定されているわけであります。これは日本法と比べると保護が弱いということになります。
 また,著作者人格権に関する不行使同意を有効と認める3-5条という規定もあります。著作者人格権の不行使契約が有効かどうかというのは,我が国だけではなくヨーロッパでもいろいろと議論があるところでして,ドイツでも2002年の著作権法改正に際しまして,これを一定の範囲で有効とする明文の規定を定めようかという法案が作成されたのですけれども,最終的には実現しなかったという経緯があります。そのような中,欧州著作権コードは,著作者人格権を行使しないという同意を一定の条件の下で有効と認める明文の規定を持っているわけであります。
 あるいは3-6条という規定があるのですけれども,これは結局のところ,言ってみたら著作者人格権を制限する一般条項のように読めます。第1項を見ますと,著作者と第三者の利益を衡量して,権利行使を認めることが,著作者の利益に比して明白に不均衡を生じるほどに第三者の正当な利益を害する場合は認めないというようなことを規定しております。今日は翻訳していないのですけど,欧州著作権コードには注釈がついておりまして,それによると,この規定は著作者人格権の濫用を禁じる一般規定だと説明されています。
 また,公表権だけは著作者の死亡とともに消滅するという規定もあるなど,全体にシンプルなのですが,なかなか面白い規定が見られます。
 それから,権利制限規定が5条にあります。その中で,5-5条として,権利制限の一般条項のような規定を持っていることも非常に注目されるところであります。つまり,権利制限規定は第5章でして,5-1条から5-4条までが,4つのカテゴリーで権利制限の個別規定を列挙しているわけですけれども,これに加えて5-5条として,これらの個別規定に列挙された利用と同視し得る行為も,スリーステップテストに反しない限りで許容されると規定しています。いわば受皿規定となっているわけであります。
 注釈におきましても,この第5章というのは,まさにコモンロースタイルの一般条項の権利制限システムとシビルロースタイルの限定列挙とのコンビネーションになっていると説明されています。その背景には,権利制限が必要とされるすべての状況を予測することは不可能であるという認識から,一定のフレキシビリティが不可欠だという考えがあります。もちろん,一般条項を持つということは,それだけ適用範囲が不明確になるのは確かなのですけれども,一般条項である5-5条というのは,飽くまで個別規制と同視し得る(similar)ものにのみ適用されるため,個別規定とのアナロジーによってフレキシビティは一定程度限界づけられていると説明されているのです。
 これは,いわば「ヨーロッパ版フェアユース」と言うべきものでありまして,私自身も最近注目しているものです。起草者のDreier教授も,これを「modest “fair use” exception」,つまり控えめなフェアユース規定と呼んでいらっしゃいます。
 更に,5-4条を見ますと競争促進目的の権利制限という規定があります。これは,著作権法自体に対する基本的な考え方の違いをも感じさせる規定でもあり,注目されるところであります。
 それから,第4に保護期間についてでございます。著作権の存続期間は,既にヨーロッパでは保護期間指令によりまして,著作者の生存間プラス死後70年となっております。しかし,欧州著作権コードの4-1条2項を見ますと,財産権の存続期間の数値は,なぜか空欄になっております。その注釈を見ると,次のように書かれております。「本グループのメンバーの一致した印象は,現行法上の財産権の存続期間は長すぎる(too long)ということである。しかし,適切な長さに関しては見解が分かれた」ため空欄になっているというのであります。
 先ほども述べましたように,欧州著作権コードは基本的に既存の指令を前提として立法論を検討するはずなのですけれども,この点では既存の指令レベルから逸脱したと評価されるものであるということになります。
 以上のように見てまいりますと,お気づきのように,この欧州著作権コードというのはかなり先進的自由派とでもいいましょうか,あるいはモダンなものと言うことができます。起草者のメンバーも,アムステルダム大学のHugenholtz教授であるとか,マックスプランク研究所の所長でもあるHilty教授,あるいはDreier教授というのは,私の知る限り,ヨーロッパの中でも――どういう表現が適切か分かりませんが――非常に先進的なタイプでありまして,必ずしも通説とは限りませんが,しかし非常に著名な教授であります。そして,どちらかというとオランダとかベルギーとか,北ヨーロッパ系の新しい考えを持った先生方が中心になっているという印象はあります。
 しかし私が今日,強調したいのは,欧州著作権コードは非常に自由派であるところがある反面,日本法から見ましても,非常にクリエーターの権利を重視するという側面があるという点です。そして,それが非常にヨーロッパ的ではないかと思われます。これは注目すべきではないかと考えまして,本日,日本法への示唆も含めて御紹介させていただいたわけでございます。
 詳しくは,私が今年CRICの講演会でしゃべりましたものがコピライトに掲載されておりますので(コピライト613号2ページ),御関心がありましたら是非お読みいただきたいと思います。本日お配りしようかと思ったのですけど,37ページもあるということで,ひんしゅくを買うのではないかと思いましたので控えましたが,私のウエブサイトのトップページに,CRICの承諾を得ましてPDFファイルを掲載させていただいておりますので,御参照いただければと思います。
 このコードのどこが,先進的でありながらクリエーターの権利を重視しているのかという点についてですけれども,第1に創作者主義という点であります。欧州著作権コードにおきましても,飽くまで創作者主義は貫徹されております。つまり,たとえ職務上の著作物でありましても,著作者の地位は自然人であるクリエーターからほかに移ることがありません。著作者人格権も著作者たる自然人クリエーターに常に帰属しているわけであります。
 このことは,日本法から見るとやや不思議に見えます。つまり日本法におきましては,御存じのように,職務著作が成立する場合は,使用者である会社が著作者の地位を取得し,著作権のみならず著作者人格権まで取得する一方で,自然人たる従業員には何らの権利も与えられません。それどころか,実際に創作行為をした従業員クリエイターは,著作者としての地位も否定されるからであります。
 ここでは,従業員から著作者人格権をいわば奪う,それから法人も含めた使用者に著作者人格権を与える,という2つの特徴があるわけですけれども,これは必ずしも国際的には一般的ではなく,むしろ日本と韓国だけではないかとも言われているわけであります。実は,オランダでも少し近い制度があるわけですけれども,一般的に申しますと,日本では職務著作制度によって会社が著作者人格権を持ちますよというような話をヨーロッパでいたしますと非常に驚かれます。先だってもロンドン大学の教授に,じゃあ職務著作のときauthorはだれなのかと聞かれまして,会社がauthorですと答えますと,イギリス人にも不思議な顔をされるということがありました。
 そういえば,いまちょうどクリスマスの時期でありますが,クリスマスは恋人と過ごすロマンティックな時間だと考えているのは,ほぼ日本と韓国だけではないのかということがときどき言われております。こういうのもひょっとすると,ヨーロッパ流のものを受け入れたつもりでいながら,しかしそれを日本流にアレンジしているというものなのかもしれないわけであります。
 もちろん,たとえ国際的に特殊だといたしても,だからといって直ちに問題があるわけではありません。もしそれが日本社会に適合しているのであればそれで問題がないわけであります。その意味では,法人にも著作者人格権を与える日本型職務著作制度というものが,日本における会社文化に適合しているという可能性は十分にあります。もちろん,その判断に当たっては,著作権法だけではなく文化論的な検討も必要になるかと思うのですけれども,そういうことを含めて,日本法の在り方を改めて再検討してみる意味はあるのではないかと思われます。
 つまり,今の日本法はひょっとしたら日本社会に適合しているかもしれないけれども,その判断を可能にするためにも,前提として,国際的な観点から日本法の客観的な位置づけというものについて自覚することが必要なのではないかと思っております。これが1点目です。
 2点目に,著作権契約法というものであります。これは実は1点目とも関係しておりまして,我が国の職務著作制度によりますと,著作者というのが常に自然人だというわけではありません。そのため日本では,著作者は自然人クリエーターであったり会社であったりするものですから,著作者といっても,ある場合には立場が弱いですし,ある場合には立場が強いということで,日本法では,著作者というものの属性を前提にして,著作者を保護するような契約法を設けることができない状態にあるというわけです。
 この点,欧州著作権コードは,わずかではありますけれども著作権契約法が置かれております。一般的に申しますと,大陸法の著作権法におきましては,ドイツでもフランスでもイタリアでも,非常に豊富な契約法規定が置かれております。ドイツでも2002年に改正がありまして,契約法規定が更に増えました。
 例えば,報酬は相当でなくてはならず,そして相当というのは基本的に比例報酬原則ですから,報酬を一括払いで終わらせるわけにはいかないというような規定が設けられております。あるいは,契約後に大変なベストセラーになったという場合には,これに応じた相当な報酬を払わなければならないといった規定があります。
 そうした契約法の規定を見ておりますと,契約自由の原則などというようなものは貫徹されていないわけであります。そして,欧州著作権コードにおきましても,十分とは言えませんけれども,例えば2-3条3項では,著作者が財産権を譲渡する場合には,相当な報酬を受ける権利を有するというふうな規定がありますし,あるいは権利の譲渡には書面を要するとされていたりするわけであります。
 さらには2-4条というところに,ドイツ法に見られる目的譲渡論のような規定もあります。すなわち,権利譲渡やライセンスというのは,その範囲や内容ができるだけ特定されていなければならず,もし特定されていなければ,その権利付与の目的に従って解釈され,実際には多くの場合,狭く解釈されることになります。これは,著作者が,その権利を包括的に奪われたりしないように保護した規定だと説明されています。
 こういう欧州著作権コードと比べますと,日本の著作権法には契約法的な規定はほとんどありません。著作権の譲渡も利用許諾も自由です。契約の対価に関する規制も全くありません。ライセンス料が低くても,あるいは無料であっても,契約で自由に決定できるわけであります。もちろん,我が国著作権法でも61条2項はいわゆる特掲要件を定めているわけですけれども,これは推定規定にすぎません。それどころか,近時の有力説は,この規定は削除すべきと主張しております。確かに,日本法では著作者が常に自然人クリエーターだというわけではありません。有力説によれば,日本法では,著作者というものにはマイクロソフト社も含まれるということで,一律に著作者が交渉力において弱いと言うことができないという事情があるわけであります。
 ですので,日本法において,著作者を一律に保護する契約法を設けることは確かに難しいかもしれないとも考えられます。しかし,自然人クリエーターが著作者であるという場合に限っては,そのようなクリエーターを保護する契約法が必要だとする見解はあり得るところであります。アメリカでも――アメリカ法でさえと言うと語弊があるかもしれませんが――職務著作が成立しない場面におきましては,自然人のクリエーターを保護する契約法として終了権制度というのがあるわけですが,日本法にはそれもないわけであります。
 先ほど御紹介したオランダの著作権法におきましては,日本法と同じような職務著作制度を有している非常に珍しい国であります。ちなみに,オランダ著作権法というのは今年が制定100周年で,原形がそのまま現存する最古の著作権法だとも言われております。今年の8月31日にアムステルダムでこれを祝うシンポジウムがありまして,私も参加しました。そこで,オランダ法の職務著作制度はビジネスの観点からはポジティブに評価できるというような話がなされているのを聞いて,これはもしかすると日本法と似ているところがあるなと思った次第なのですが,もう一つ似ていると思いましたのは,オランダ著作権法というのは契約法規定を持っていないというのですね。
 端から見れば,どうしてオランダ法なんか研究しているのですかと不思議に思われる方がいらっしゃるかもしれないのですけれども,オランダ著作権法というのは,ある意味で,珍しく日本法と似ているといえるのではないかと思います。
 そしてオランダでも,今年6月に著作権法改正法案というのが出ておりまして,ここでは新たに契約法を設けることが提案されているようです。ただし,職務著作が成立しない場合における自然人クリエーターについてのみ適用される契約法を設けようというようであります。その中身は,相当報酬原則であるとか,あるいはベストセラー条項であるとか,ヨーロッパで広く見られるような契約法規定のようであります。もちろん,これはいろいろと議論があるところですから,直ちに望ましいと結論づけることはできないのですけれども,オランダ著作権法におけるこうした試みは一つの参考になるのではないかと思います。
 それから最後に,権利制限+報酬請求権というものであります。欧州著作権コードは,先ほども述べましたように非常に先進的といえるのですけれども,権利制限の規定を見ますと,権利を制限する一方で報酬請求権を定めているものが多く見受けられます。
 創作者主義だとか,著作者を保護する契約法だとか申しますと,著作者保護に傾いているというイメージもあるかもしれませんけれども,ヨーロッパ法というのは基本的には,著作者保護を尊重するところがある反面,権利制限も広くして,報酬請求権にしているところが多いように思います。
 例えば,図書館のサービスなどでありまして,図書館が資料のコピーを利用者に直接メール送信できるというような規定がある反面,それに対しては著者に報酬を払わなければならないということになっています。あるいは私的複製についてもそうでして,日本ですと他者に私的複製を委託するというのは基本的にできないと言われておりますけれども,例えばドイツ法では,一定の条件の下に,他者に私的複製を委託できるとするかわりに,著者に補償金を払うという規定になっていたりします。
 ほかにも例はありまして,例えば,日本著作権法35条によれば,教育目的の複製は一定の条件を満たす限り完全にシロで,報酬を支払う必要もないということになるわけですけれども,ヨーロッパですと,制限規定の対象になるけれども報酬請求権の対象とするというようなことになっております。
 欧州著作権コードでも,5-3条では,2項については報酬請求の対象となっております。このように,欧州著作権コードにおける制限規定というのは完全にシロの規定と,制限規定の対象にするけれども報酬を払わなければいけない規定がセットになっております。5-3条2項というのは,例えば,自然人による私的複製は,許容されるけれども報酬請求の対象としています。また,もう一つ,教育目的利用も,権利制限の対象だけれども報酬請求の対象となっております。あるいは5-2条2項は,学術研究目的の利用について権利制限する一方で報酬の支払義務を課しているわけであります。つまり,日本法では権利制限規定によって完全に自由となる行為につきまして,欧州著作権コードでは,制限規定の対象にするけれども報酬を払わなければいけないとしている規定が少なくないのです。
 私は最近,よく日本法はオール・オア・ナッシングだということを申し上げるのですけれども,まさにこういうことです。
 例えば,図書館のサービスに関しましても,日本では,貸与することも自由ですし,図書館で複製することも完全に自由で,報酬を支払う義務もなく,また複写物を利用者に郵送することも完全に自由だけれども,他方,PDFファイルを利用者にメール送信することは完全に排他権の対象になっているわけです。
 そのため,社会的に見れば便利なサービスが提供できない反面,可能な行為は完全にシロで,権利者には何らの利益も分配されないということになっているところがあるのではないかと考えられます。もちろん,報酬請求権にしますと,その徴収や分配の問題などが問題になるわけでありますけれども,それでも,ヨーロッパでこうした権利制限+報酬請求権というものが広く見られることは,我が国の立法にとっても非常に参考になるのではないかと思われます。
 私的複製の補償金制度につきましては,我が国でも非常に大きな課題だと思いますけれども,ヨーロッパでは情報社会指令におきまして,DRMの効果を考慮しつつも,私的複製規定を設ける場合には公正な補償をすべきとされております。もちろん,このこと自体ヨーロッパでも議論があるところですけれども,日本法が,私的複製について,実質的に補償金制度の対象とせず完全に自由とするだけでいいのかという点は問題になろうかと思います。
 以上,欧州著作権コードを紹介するとともに,日本法への示唆についても若干お話しいたしました。まとめますと,欧州著作権コードというのは一応,統一著作権法をつくろうというもので,ヨーロッパの伝統からするとかなりラディカルなのですけれども,しかしヨーロッパの基本的な伝統といいましょうか,創作者主義を貫徹し,著作者を保護する契約法を有している点など,クリエーターの権利を確保するという点ではオーソドックスなものと言えるように思われます。
 もちろん,欧州著作権コードは,起草者の中でもいろいろと妥協とかあったようでありまして,全員の意見が一致しているというわけではないのでしょうけれども,こうした諸外国の議論と比較いたしますと,日本法というのは,個人のクリエーターの権利や立場をないがしろにするところが相対的には大きいように,私には思われるところであります。もちろん,私も欧州著作権コードの内容に全面賛成するわけではないのですけれども,日本法がそういう位置づけにあるということだけは,将来的な著作権法を構想する上では,踏まえておいてしかるべきものではないかという気がしております。
 私が本日御紹介いたしましたことは,ヨーロッパ法の一側面にすぎないかもしれませんし,日本が必ずしもこれをまねする必要もないわけなのですけれども,しかし,日本ないし日本法は地理的・言語的な条件もあって,どうしても外の状況に目が向きにくく,日本法の位置づけについて客観的に自覚するのが容易でないところがあります。
 ですので,例えば,ヨーロッパでは日本みたいな職務著作制度はありませんよ,みたいな話を日本でいたしますと,そんな状態でどうやって処理しているか,と聞かれることになります。つまり,ヨーロッパでは,会社の中の従業員が著作者人格権を持っているというわけでありまして,私も,どうやって処理しているのかなとなぞに思っていたのですけれども,外国から見れば,むしろ会社が著作者人格権を持っている方が不思議だということになるのです。
 日本法だけに慣れ親しんでいると,それが当たり前になって,日本法の客観的な位置づけを自覚しにくいところがあるのではないかと思います。もちろん,日本法が特殊であろうとも,日本の社会や文化に適合していればいいのだろうと思いますけれども,それを判断するためには,その前提として,日本法が国際的に見てどのような位置づけにあるのかという認識が必要となるのではないかと思います。そうでなければ,良さも悪さも判断できないのではないかいうわけです。
 以上,いろいろと述べてまいりましたけれども,これはいずれも非常に長期的なテーマでありまして,すぐに改正のテーマになるというわけではないわけでありますけれども,しかし,国際的な視点から中長期的な論点を取り上げるというのは,この国際小委員会にふさわしいのではないかと思いましたので,その検討の一助となれば幸いに存じます。以上です。

【道垣内主査】 ありがとうございました。内容豊富なところをきれいにまとめていただき,かつ時間もちゃんと守っていただきまして,どうもありがとうございます。
 この国際小委員会では,諸外国の著作権法制度についての課題や論点を整理して,日本での議論につなげようという観点で審議をすることになります。実際に日本法の改正とかいう話になると,法制小委の管轄ということになると思いますけれども,現在の日本の著作権法が,長年の努力の成果が盛り込まれ過ぎていてごちゃごちゃにも見えるものですから,いずれきれいに全面改正ということにもなるかと思いますので,そのときはわかりやすい体系で,わかりやすい,今おっしゃったような新しい考え方も取り入れたものになっていくのかなと思います。
 今の御報告につきまして,御質問,御意見等ございますでしょうか。せっかくの機会ですので御議論いただければと思います。山本委員,どうぞ。

【山本委員】 大変興味のある内容を御紹介いただきましてありがとうございます。ヨーロッパでの議論だということなので,かなり感じが違う,著作者人格権の保護に厚いかなと思っていたのですけれども,わりと,御指摘があったように,英米法的にもアプローチ可能な内容なのかなという意味で,極めて興味深かったです。
 もう一点,日本での職務著作について,著作者人格権を法人が持つということについて,イギリスの方も驚くというお話があったのですけども,少なくともアメリカの方は,驚くことはないと思います。御参考までに申し上げておくと,アメリカでも職務著作については著作者人格権は法人に帰属すると形になっています。というのは,そもそも著作者人格権というのは,アメリカは原則的には設けていないのですけども,106A条で部分的純粋美術についてだけ著作者人格権を認めていまして,それの主体は著作者になっています。著作者というのはだれかというと,職務著作の場合には法人が著作者とみなされるという規定が別途ありますので,106A条の著作者人格権は法人に帰属するという関係になっています。以上です。

【道垣内主査】 ありがとうございます。ほかに,いかがでしょうか。どうぞ。

【野口委員】 大変興味深い御紹介をありがとうございました。それで御質問なのですけれども,この欧州著作権コードの発表に対する,ほかのいろいろな方の反応を,もし御存じであれば是非教えていただきたいと思います。非常に漠然とした質問で恐縮です。

【上野委員】  野口先生,ありがとうございます。これは私も興味あるところであります。去年も夏にルーヴェンで欧州著作権コードに関するシンポジウムがありまして,盛んに議論されていましたが,そこにはもともと,どちらかというとコードに賛同している人が来ているということなのかもしれませんね。ただ,アメリカの方でもこれに対する反応がないわけではなくて,例えば,Ginsburg先生なども欧州著作権コードについての論文を書かれています。ただ,それもどちらかというと方向性が近い方面からの反応というべきかもしれませんので,コードに対する一般的な反応については何とも言えないところがあるように思われます。
 とは申しましても,欧州著作権コードは非常にバランスが取れておりまして,先ほども述べましたように,オーサーズライト・アプローチ的な人にとっても,あるいはコピーライト・アプローチ的な人にとっても,共感できるところが少なくないのではないか,ハーモナイゼーションするならこのあたりかなという印象があるのではないかと思います。
 この間の4月の著作権法学会でも,野口先生とも御一緒させていただいたのですけれども,私はこのコードの話をいたしまして,その際にどういう反応があるかなと思ったのですが,我が国の伝統的な先生からも,このコードは,ちょっと人格権のところが気になるけれどもこれなら賛同できるということを言われまして,そういう印象の方が少なくないのではないかと感じた次第であります。
 もっとも,欧州著作権コードは2年前に公表されたものですので,これについての議論が世界的にもっとあってもよいような気もいたします。これから盛り上がってくるのか,それともこれで終わってしまうのか,よく分かりませんが,そのあたりを私も注意して見てまいりまして,また何かあれば御報告させていただきたいと思います。ありがとうございました。

【道垣内主査】 いかがでしょうか。おっしゃるように,地域によって多少は違ってもいいのかもしれませんが,しかしアメリカもなかなか,昔,知恵者がいたようで,著作権法は連邦法であるということを決めたのはけい眼だったと思います。ヨーロッパも,もうこんなばらばらではやっていられないというので,いずれは1つになるのかもしれない。そのときのたたき台には恐らくなるんだろうと思います。これに対する対抗案がビジネス側から出てくるのかどうか,興味深いところです。
ほかに何かございますか。よろしゅうございますでしょうか。いい勉強になったと私は思います。個人的には,ありがとうございましたと言うほかないのですが。よろしいでしょうか。
 それでは,今日予定しておりました主な議論は以上でございまして,あとは,その他という議題です。この際,何かございますでしょうか。よろしゅうございますか。そうしますと,本日の会議はここまでということにさせていただきたいと思います。事務局から連絡事項がございましたら,どうぞお願いします。

【堀国際著作権専門官】 本日は御多忙中,まことにありがとうございました。次回の委員会ですが,来年の1月の開催を予定してございます。日程調整の上,追って御連絡させていただきたいと思います。

【道垣内主査】 どうぞ。

【野口委員】 済みません。今,TPPの話題が盛り上がっておりますけれども,仮にTPPに,日本が交渉に参加するようになった場合の知的財産条項みたいなものは,ここでは取り扱わないことになるのでしょうか。もし御存じであればという範囲で結構でございます。

【作花文化庁審議官】 TPPに関しましては,既に報道されているように,クローズドで交渉が進んでいまして,我々にはリークテキストぐらいしか入手できないというのが,現状でございますので,どの時点で日本国政府が交渉参加するかということもあるし,また特に知財条項で何らかの議論をするとしても,果たして審議会の場でその是非を検討することになるのかどうかも,全くわからない状況でございます。ですから,通常,WIPOの条約とは全然違うフェーズで動いておりますので,私ども申し上げられないのが現状でございます。

【野口委員】 ありがとうございました。

【道垣内主査】 どうぞ。

【畑委員】 TPPの話が出ましたので,もう一点お伺いしたいのですが,EU Japan EPAの件でございますけども,11月末にEU側では,加盟国,日本との協議に入るということが決定されたと報道されております。もともと日本とEU側,何らかの事前準備があってのEU側の決定だと思うんですけれども,これについて今後の進め方といいますか,検討の進め方というのはどういうふうになるのか,もし御存じであればお教えいただければと思うんですけれども。

【佐藤国際課長】 今のところ,その点については情報を持ち得ていない状況ですので,また適宜御報告させていただきたいと思います。今後どう進めていくのかについては,また情報をもらった上でお答えしたいと思います。

【道垣内主査】 今日はどうもありがとうございました。

○12:00閉会

―― 了 ――

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