第13回国語分科会漢字小委員会・議事録

平成18年12月19日(火)

10:00~12:00

丸の内仲通りビル・K2会議室

〔出席者〕

(委員)阿刀田分科会長,前田主査,林副主査,阿辻,岩淵,甲斐,金武,小池,東倉,松岡,松村各委員(計11名)

(文部科学省・文化庁)町田国語課長,氏原主任国語調査官ほか関係官

〔配布資料〕

  • 1 第12回国語分科会漢字小委員会・議事録(案)
  • 2 第13回漢字小委員会における検討事項

〔参考資料〕

  • 1 第12回漢字小委員会における検討事項
  • 2 漢字小委員会で検討すべき今期の論点(第6回漢字小委員会確認)

〔参考配布〕

  • ○ 法令データ提供システム等について

〔経過概要〕

  • 1 事務局から配布資料の確認があった。
  • 2 前回の議事録(案)を確認した。
  • 3 事務局から,参考配布の資料についての説明があり,質疑応答が行われた。
  • 4 事務局から,配布資料2についての説明があり,質疑応答が行われた。その後,配布資料2にある「本日の論点」を中心に意見交換が行われた。
  • 5 次回の漢字小委員会は,1月9日(火)の10:00~12:00に三菱ビル地下1階「M1会議室」にて開催することが確認された。
  • 6 質疑応答,意見交換における各委員の意見は次のとおりである。

○前田主査

 参考配布の資料についての説明につきまして,何か御質問がありましたら,質問していただければと思いますが,どなたかございませんでしょうか。

○阿辻委員

 この「法令データ提供システム」は無料ですか。

○氏原主任国語調査官

 はい,無料で使えます。

○阿辻委員

 サーバーは込んでいるんですか。それから官報によるということで,どんどん新しくデータが増えていくんですか。

○氏原主任国語調査官

 サーバーはそれほど込んでいません。データについては必要に応じて更新が行われ,常に最新の状態になっています。

○阿辻委員

 字体はもちろんJISの字体で出てくるわけですよね。

○氏原主任国語調査官

 基本的にはそうだろうと思います。ただ,今回は,このシステムで使用している字体について細かいところまでは調べていません。

○阿辻委員

 これは,すごいシステムですね。字種の問題を検討する段階だったら十分使えるわけですね。

○氏原主任国語調査官

 はい,そう思います。

○東倉委員

 ネットワーク上には,かなりこういったものができているんですね。特許情報にしても,みんなこういう形で検索できます。例えば,これで出るかどうか分かりませんけれども,各法律によって「謄本」という言葉が幾つ入っているかとか,そういうようないろんな検索というのも自由自在です。ウェブ上にせっかくあるけど,まだ利用度が上がってないというのが現状です。それは作った方の広報という面の問題もあると思いますけれども,そういうものがたくさんあると思います。

○前田主査

 使用頻度以外に使われ方で考慮すべきところが出てきたときに,こういうふうな資料も非常に役に立ちますね。また,そのほかにも使えるものがありそうだということでございますね。そういうことで,非常に貴重な御報告でした。

○小池委員

 配布資料2の「1 「新常用漢字」の選定に関することについて」の「(1)漢字の選定をどのように進めていくのか。」「(2)大きな目安として2,000字程度の漢字集合を考えたらどうか。」に関してです。この部分は,事務局の方で議論の中から抽出してこういうことなんだろうということで(1)(2)が出てきているんですか,それとも議論そのものがこのところへたどり着いたのですか。経緯がよく分からないので,少し説明をお願いします。

○氏原主任国語調査官

 (1)は,配布資料の説明の時に申し上げたように東倉委員の御発言そのままです。それから,(2)も議事録を読んでいただくと2,000字程度という言葉が何度も出てくるんですね。ということで,これは前回の議論を踏まえて,重要な論点になると思われるところを事務局で抽出したということです。ですから,議論そのものが,たどり着いたところをまとめた資料という位置付けになると思います。

○前田主査

 前回の議事録を拝見しまして,大変重要な問題がいろいろ提起されていて,これからの検討を進めていく上で基本となるような考え方が示されていると感じました。
 それで,この間は個人の意見として出されておりましたので,今回はもう少し詰めていただいて,これからの議論あるいは方向を定める場合の基本ということで,皆さんに更に深めていただいて,確認していければと思った次第です。
 ほかに質問がございませんでしたら,今度は具体的な内容の方について御意見を伺うことにしたいと思いますが,よろしいでしょうか。
 それでは,配布資料2にある<本日の論点>の協議に入っていきたいと思います。本日は前回の検討事項の継続審議ということで,前回頂いた御意見について,その内容を更に深めていくための協議をお願いしたいと考えております。いずれの問題につきましても,今後の議論につながる重要な問題であると考えておりますので,よろしくお願いいたします。
 それでは,協議に入りますが,<本日の論点>について,先ほどの説明の中にもありましたようにこの配布資料2の事項の中でも,1と2とは,相互に関連し合っているという問題です。けれども,論議を進める必要上,分けて,まず「1 「新常用漢字」の選定に関することについて」の「(1)漢字の選定をどのように進めていくのか。」から入っていきたいと思います。

○甲斐委員

 東倉委員にもう一度これを説明していただきたいと思うんです。それはその3行目のところに「どの漢字が「使う」という意味で必要なのかを見ていく」という辺りです。これは,私もそう思います。その次のところですが,「必要なのか」というときの数を「千幾つなのか二千幾つかのかという中で」というのがあるんですけど,その必要だというときの漢字の数の選定についてです。数でなくてもいいんですが,この漢字は大切だ,これは要る,これは要らないという,その区別はやはり何らかのところで,我々はある物差しが要るんじゃないのか。そうすると,「1」の(1)と(2)がやはり連動してくるんじゃないかと私は思うんですけれども,東倉委員に,そのところをもう一度説明していただけるといいと思うんです。

○東倉委員

 この物差しというところが,甲斐委員が御指摘のように一番大事なところであろうと思います。それで,「使う」ということを,例えば,いろんな統計調査から出てくる頻度数ということを参考にして,この漢字はよく使われる,だんだんと頻度が少なくなるに従って使われていない,仮にそういうふうにみなすとすると,どこで切るかということになるわけですね。最初から例えば数を決めて,この辺りで切りましょうということはなかなか難しいだろうと思います。先ほどの御説明では,例えば「2」の(5)なんていうのがかかわっているかと思うんですけど,単に個別漢字の頻度分布だけじゃなくて,語彙(い)とか幾つかの,これは重要な字句,要素だと思われるような点を頻度分布を見ながら,やはり最終的には主観的に,いわゆるこれは我々が責任を持って議論するわけです。我々の視点から,この辺りの漢字というのは日常生活にとって非常によく使われる,この辺りからは使われないんだということを…。そうすると,それが2,000か2,500か1,500か,この辺りですねというようなことを主観的に議論するより仕方がないと思うんですね。それが2,000を超えて2,500というように多い場合は,その中で先ほど補足の説明をしていただいたように,教育上の視点から,今よりも500も増えたら大変ですねというような議論が出てくるだろうと思うんです。ですが,どこで切るかという部分については非常に難しい。いわゆる統計とか我々がよくやっている情報処理とか,そういうもので,機械的にある頻度数以下は要らないんだというようなことは,これはなかなかきれいには言い切れないだろうというふうに思っています。

○甲斐委員

 今の御説明は非常によく分かります。ただ,戦後で言うと最初に当用漢字があって,世の中の言語生活が当用漢字を中心にして新聞・雑誌等が漢字を使用してきた。それから今度常用漢字になっても,もう新聞雑誌等はやはり常用漢字を中心として使用されてきたという長年の歴史があるわけですね。ですから,頻度調査というときに,恐らく私は頻度調査で言えば当用漢字,常用漢字というものが,やはり大きく働いているのではないか思うんです。それ以外にここの「1」の(3)のように,特別な漢字というものがある。これはもう先ほど氏原主任国語調査官が言われたんですけど,「歌舞()」なんていうのは確かに「歌舞伎」という言葉の形で漢字表記しておけば読めるようになる。書けなくてもよいというようなことなのかなと,さっき聞いていて思ったんです。したがって,「歌舞伎」の「伎」を新常用漢字に入れる必要があるとは一向に思っていないんです。しかし,歌舞伎は日本の伝統的な言語文化を表す言葉だから,これは必要であるということも考えられる。そこら辺りをどう考えるかということだと思うんですね。
 そういうことで,私は東倉委員の言っていることで,「「読み」「書き」というのはいったん外して」というのは大賛成なんです。というのは,常用漢字も当用漢字も「読み」「書き」というのを前提として選定していないんです。今度新たにどこからか入ってきている発想として特別な漢字というものがあります。これは,標準漢字表から来ていることではないかと思うんですけれども,ただその時に,教育という場合ですけど,これを「習得」と言い換えると外すことはできないんじゃないかという感じはあるんです。そういうことで,問題意識をちょっと持ったものですから,お伺いしたわけです。

○東倉委員

 今甲斐委員が御指摘になったそういう特別な漢字ということは,これは当然考慮しなければいけないだろう。やはり,頻度分布を取るときに,母集団をどうするかということで頻度というのは変わってくるわけですね。非常にいろいろな要素,多様性を全部入れて頻度を取ったときに,あるコミュニティー,ある分野で使われている重要な漢字というものの頻度が非常に低くなって,これは全体の頻度だけで考えると落ちてしまう。ですから,全体の頻度というのは非常に大局的な見方でしかない。どういう分野やコミュニティーで使われているかというものも一つ重要な視点として考えて,個別のそれを母集団とした頻度があると,これは余計いいわけですね。そういうようなものを見て,この分野からはこの辺までは重要ですねというような視点が入ってくると,全体の頻度の中では非常にマイノリティーとなって落とされるようなものもうまく拾える可能性がある。それでも必ずしもパーフェクトに行くというふうには考えておりません。

○甲斐委員

 その個別的の例として,先ほど氏原主任国語調査官が出した参考配布資料の法令データというのは大変よく分かったんです。

○東倉委員

 それから,文化的,伝統的なものかとかも考えられます。

○甲斐委員

 そんなものですかね,個別的なところは。今の漢字出現頻度数の調査には医学用語もかなり入っているんですよね。

○松岡委員

 資料は全体がよく整理されていて,これからどうすべきかということがよく分かると思うんですけれども,まず頻度調査ということには大賛成です。そして,その中から,取りあえず事務的に,多い方から選ぶ,多いものを上からとにかく採っていく。次に,そこから何を外し,何を拾っていくか,あるいは頻度数がそれほど高くなくても拾うべきものがあるかという判断が始まると思うんです。以前,申し上げたと思うんですけれども,今私たちがいる,言語,特に漢字を巡る状況というのは,こんなに混乱していて困ったととらえるよりは,漢字新時代として積極的にとらえていった方がいいんじゃないか,そういう気持ちは今も変わっていません。例えば,「歌舞伎」という言葉一つを取っても,読めれば「伎」という漢字を書けなくても打てるんですね。平仮名で,あるいはローマ字で「かぶき」「kabuki」と入れれば書けちゃう。今の時代というのは読めれば,手書きできなくても打てて,結果として文章が書ける,そういう状況の中にあるんだと思うんです。ですから,一番大事なのは読めて,分かるということ。分かれば,「かぶき」と入れたときに,変換して出てきたものから「歌舞伎」だけを選べると思います。ここに挙がっている「けんとう」だとすると,「見当」か「検討」かというのは打てますよね,読めれば打てる。で,書くときには,その「けんとう」の変換候補中で自分が選択したのはどういう意味を持った「けんとう」であるかということを判断できれば,読めて,打てて,文章に書けるというところまで行く。また,手書きをどの程度まですればいいかということは,ここにもある「習得」の問題とかかわってくると思うんですけれども,そのときに考えなくてはいけないのは,漢字の構成要素だと思うんですね。私自身も小学生のころ,草冠(くさかんむり)の元は「艸」だとか,人偏(にんべん)の成り立ちはどうかということを語源を知るようにとても楽しんで覚えた記憶があるので,それがすごく大事だと思うんです。その場合,選択の一つの基準になるのがやはり構成要素じゃないか,ありとあらゆる構成要素を全部,新常用漢字の中では網羅しなくてはいけないのではないかと思うんですね。
 ですから,どういう場合に出てくるかというのは余りイメージとしてというか具体的に 浮かばないんですけれども,仮にですが,一度も(つくり)なり偏なりが拾い上げられていない漢字と,既に偏や旁がほかの漢字の中で取り上げられているのが競合したとすれば,今まで取り上げられていなかった偏なり旁なりが入っているものを採る。これは非常に頻度の低い方の選択基準,重要度の低い選択基準だと思うんですけれども,「習得」ということを考えると,そういう漢字も入れなくてはいけないのではないかと思います。つまり,頻度を仮にまず大きく取って3,000としますね,するとそれの判断を,まず人偏は何個入っている。行人偏(ぎょうにんべん)は何が入っている。三水(さんずい)は何が入っているというふうな,いったんそういう検索の仕方をしてみるというのも基準の一つの方法になるんじゃないかと思います。

○前田主査

 松岡委員の話は非常によく分かるんですが,<本日の論点>の「1」から「2」までのすべてが関連しているというようなことが逆に分かる話でありました。ここの最初の話としては,できれば,まず「1」のところを少し固めておきたいというのが私の希望なんです。そういう点で,今までの何人かの方の発言を伺いますと,「1」の(1)と(2)の辺りのところは,これは併せて考えないといけないという感じはします。
 それで,そのうちの(1)のところ,東倉委員の話題提供から出てきまして,大筋として,その辺りのところが認められそうな感触なんですが,これについて何か御意見のある方はございませんでしょうか。

○岩淵委員

 実態ということが,前回の議事録にもあるわけですが,実態をどう調べるかということを考えないといけないと思うのです。文化庁でお作りになった『漢字出現頻度数調査(2)』もいいのですけれども,この調査資料が本当に実態を示しているかというと,多分そうではないと思います。私は専門でないので分かりませんけれども,実態を明らかにするためには,どういう枠組みの調査をするのかを少し考えませんと,人名用漢字の時と同じように使用頻度が高いからこれを入れておきましょうということにもなりかねないので,そういうところへ時間を掛けた方がいいのではないかと思います。そうした意味で,一番下の2の(5)のところとかかわってきます。専門的にどういう言葉を使うかは分かりませんが,判断材料として何が必要なのかを考えたデータベースの設計に時間を掛けて議論することは大事だと私は思います。

○前田主査

 この「1」の(1)のところでは,やはり使用頻度の順位表というものが手掛かりになると思うんですが,具体的にどういう分野の,あるいはどういう使用頻度の順位表が参考になるかというところについて,もう少し御意見を頂ければと思います。

○岩淵委員

 私が前に調べたときのデータですが,今の時代ですから,当然常用漢字の使用度が90%以上になるはずです。ところが,50%台のものが出てきてしまったり,70%台のものもあったりするのです。それ以外のものは確かに90%台なのですけれども,今のやり方でいうと多分50%台のもの,先ほど松岡委員のおっしゃったこととも重なっていますけれども,50%台の資料に出てくる漢字については,頻度の表の上位には入っていないものが多数出てくるのではないかと思いますし,現実にそういうものもあるということを頭に置いて考えたいと思います。

○前田主査

 一つのこととしては,例えばこういうふうな調査の中で,今まで出ておりますもので は,新聞における調査とか,あるいは国立国語研究所の各種の調査とか,そういうものがちょっと話題になっておりますね。そういったものについては,例えば最初から字数を余り制限しないで,そして,もし2,000ぐらい選ぶにしても,これは検討していただかなければいけませんけれども,例えば,余裕を持って4,000とか5,000とかいう数までのものを検討の対象にするというやり方で,それを狭めていくということにすれば,余り漏れることなく検討の対象にすることができるんじゃないかと思います。
 それから,そのほかにどういうふうな資料を調査すべきかということについての意見も頂いた方がよろしいかと思うんです。先ほどは特別な漢字という話題が出ましたが,ちょっと使用率で極端なものとしては,今日,参考配布の資料で話題になりました御名御璽の「璽」とか,こういったものがあるわけです。「璽」などは,特別の漢字であるけれども,今の岩淵委員のお話を聞きましても,そういう特別なものでなくても,今までの漢字表では漏れているというか,使用率がかなり低いけれども,入れた方がいいんじゃないかというふうに思われるものがあるんじゃないかという予想ですね。だから,それに当たるような漢字,あるいは逆に言えば,語の調査ができるような資料というふうなものも必要かもしれないという感じがするんですが,こういったものについては,何か御意見がございましょうか。

○甲斐委員

 「国語に関する世論調査」か何かで,日本人が日々の生活で接する言語資料ですね,例えば新聞とか雑誌あるいは大衆紙というような,そういうものがどういうものであるのかということを,いずれかの時期に調べてみてはどうかと思います。
 私は最近,佐伯泰英という人の時代小説を読むんですけど,岩淵委員がおっしゃるようにほんとに常用漢字以外の,こんな漢字が出てくるのかというようなのがわっと出てきて,これはこれで私どもは面白いんですね,参考になる。しかし,我々がやろうとしている漢字の選定は,国民の大多数が読んでいるというのが前提でして,例えば時代小説であったら,国民のうちのどれぐらいのパーセントが日々読んでいるのかということを知らなければならないわけです。そういう調査がこれから必要になると思うんです。
 それから,例えば,お年寄りなどはお医者さんに掛かる。病気で掛かるから医学用語はある部分大切でしょうとか,そういうようなものを整理していって,それを基にしてデータベースというようなものを作る必要がある。国立国語研究所も,関連した調査をしているのであれば,そういうデータを提供していただきたい。できていないものについては,こちらから改めてお願いするというようなことができると思うんです。

○阿辻委員

 「1」の(3)の件なんですが,歌舞伎の「伎」という漢字が委員からの御指摘で少し問題になっています。例えば,手順としまして,データベースがあって,しかるべきプリンシプルの下にずっと順位を決めていって,ここまでと線を引くと,恐らく歌舞伎の「伎」という字はこの線から外れるんじゃないですかね,頻度数だけで考えれば…。そうすると,通常のデータ処理だったら切り捨てられる部分ではあるけれども,歌舞伎の「伎」という字は,個々の教養を考えれば日本人として読めなければならない漢字であると認定して,いわば敗者復活的に何らかの表の中に入る。その敗者復活を行うプロセスは果たしてデータによるのか,あるいは我々委員の見解によって,個別具体的に討論した結果,それを補っていくのか,その辺りのところは先ほどまでのお話を聞いていますと,様々なデータから照らしていってというふうな流れだというふうに思います。ただ,歌舞伎の「伎」という字は,果たしてデータから浮かび上がるかなというふうに思うんです。最終的には個別の文字について,ここで個別の議論をしていくということになるんじゃないかという気がするんですが,その辺ちょっと気になりましたので…。

○金武委員

 総合的な頻度調査がありますから,線引きで行けば専門的な特殊な用語というものは落ちますよね。それで,先ほど出ましたように,法令に使っている,法令で頻度が高い語については,今のこの法令データシステム等で判断できる。それで頻度の高いものはやはり入れなければいけない。同じように,先ほど言っていた「歌舞伎」のようなものは,例えば日本の古典とか歴史とか伝統的なものを対象にした本がありますよね。対象の本を絞って,それの頻度というものを総合的なものとは別に考えればいい。日本古典全集とかあるいは日本の伝統的な芸能辞典みたいなものがありますから。そういうものをデータとして調査をした結果,上位に入ってくるものは当然検討の対象になるんじゃないか。『漢字出現頻度数調査(2)』という文献もありますけど,これから調査をやられるものについては,特定の分野を対象とした書物あるいは出版物の中でのデータが必要である。医学でもそうですけれども,当然,専門に偏っていると見られるものもありますから,医学用語の場合は,医学辞典か何かでデータの上位のものというのは注意して考えないといけない。まずは一般的なデータで線引きをするんですけれども,それ以外については個々の分野の母集団と言いますか,対象をある程度これはその範囲内の頻度の高いものを調べるということで行く。それについては,この委員会で個別に判断するというような二段階が必要なんじゃないかと思います。

○阿辻委員

 前々回(第11回)に,金武委員から御紹介いただいた新聞協会が使っている漢字(第11回・資料2)の資料があったと思います。あの中には伝統芸能の漢字がかなり入っていたと思うんですが,あれを入れられるときは新聞協会の中での議論で,これは必要だからということで入ってきたということですよね。

○金武委員

 そういうことです。

○阿辻委員

 別にデータに基づいてということではないわけですね。

○金武委員

 例えば,新聞で芸能欄というのがありますよね,映画欄とか演劇欄,あるいは文化面とか言っていますけれども,そういうところでは,使う頻度が非常に高いということは分かっているわけで,それでその部署からこれは是非使いたいということになります。

○阿辻委員

 歌舞伎の「伎」を復活させるというときの論拠の一つとして,新たに調査をするということよりも,既に新聞で使うという指定を与えている漢字は,それを論拠にして敗者復活という手順に持ち込めるんじゃないかという気がするんですが…。

○甲斐委員

 歌舞伎の「伎」は『漢字出現頻度数調査(2)』で調べたら2,500番台です。しかも,人名用漢字です。したがって,十分に入るという可能性はある。問題は,例えば「暫」(シバラク)とか,それ以外の伝統的な芸能文化というと,もう少し入り込んだ言葉がわっとある。そういうデータベースが欲しいわけですね。そこから,これは必要ではないかというようなことになるのではないか。したがって,私は,もちろん今阿辻委員がおっしゃったように,新聞協会の扱い等は十分考慮に入れるけれども,やはり,さっき東倉委員がおっしゃったようなデータベースを作る必要があると思います。

○阿刀田分科会長

 何となく頭に浮かんできた構図みたいなものなんですが,私たちがこれから選んでいこうというときに,やっぱり最終的にこの2,000という数字がどこかにあるわけですね。それから,「常用漢字表」というのが既に決まっていて,常に世の中でそれが用いられていることによって,世の中の頻度表を規定している部分が当然あると思います。まず一番信頼を置けるというのは,信頼を置かれても困るんですが,片方で2,000という数字を考えられているので,3,000くらいのところまで少し広げた枠で,頻度表に3,000くらいまでの漢字を並べる欄というのが一つあって,その右隣辺りにチェックする枠があれば,これは常用漢字,これも常用漢字というチェックは簡単にできる。
 そして,これは一番右隅になるかもしれないけれども,この漢字は特別漢字かみたいなチェック枠があって,そっちの方で扱うべきものかどうかという欄になる。頻度表として3,000番台の仮に3,000まで採るとして,頻度表の中には入っているけれども,これはここで扱うよりは特別漢字の方に移せばいいというような欄も作って,そういうことでほんとにある意味では一字一字ずっと見ていく。使用頻度の順位付けで,1番や2番や3番のものはほとんど常用漢字表に当然入っているし,これはずうっと丸を付けていけばいいものが相当あるでしょうけれども,その後の方で境界線みたいなものはあるんじゃないかと思うんです。
 それから,敗者復活という話が出ていました。これは,今度は頻度表とは別に各界の用語辞典みたいなものがありますね。用語辞典というのはちゃんとしたものであれば,その業界で使われるべき用語は,常識的にはこのくらいの用語は知っていなくては駄目だというものがずっと出ているわけです。例えば,芸能の分野だったら,その用語の中からこの字はというのは,やっぱり歌舞伎の演目でもあるんだから取り上げるべきじゃないかというふうにやる。そのくらいの表を作りながら,3,000がいいのか3,500がいいのか分かりませんが,そういう作業をすれば何か見えてくるような気がいたします。
 さっきおっしゃった佐伯さんの小説の話がありましたけど,平野啓一郎とか京極夏彦とかいうのはわざわざ特別な字を使おうと思っている作家ですから,そういう人を標準にするとその人たちが困ってしまいます。「お前の使っている字はじゃあ入れるよ」と入れられると,きっと「不愉快である」と言うでしょう。どっちかと言えば,人が使わない漢字を使いたいという人たちですから。こうした人たちのことは余り配慮する必要もないし,読者の方もそこを喜んで読んでいるわけですから,この方々は考えなくてもいい範 (ちゅう)だと私は思います。

○林副主査

 今私どもがやっている議論は,いろいろと頻度表などを見せていただいているんですけど,当用漢字の時も常用漢字の時もやっぱりその根本的な議論としてやってこられたところではないかなと思っているんです。改めて申し上げるまでもないかもしれませんけれども,「常用漢字表」の前書きを見ますと,「この表は,法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。」とあります。ここのところを変える必要があるかどうかということを一度きちっと確認しておいた方がいい。前書きの1番目というのは何を言っているかというと,これはまず個人の漢字使用まで規定するものじゃありませんよということですね。手紙を書いたり,やり取りしたり,メールをやり取りしたりという,その個人のレベルまで規定するものじゃありませんよと言っている。それから,ごく一般的な人たちがふだん使う共通の言語材として,こういうものは一つの目安とするものであって,あんまり専門的なものとかをここで規定するわけではありませんよという,この二つの意味がある。その専門性ということで言うと,前書きの2番目にありまして,「この表は,科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。」と,これがまずそこを規定しているわけですね。例えば,法律とか医学の用語というのは,実は本当に何が法律用語で何が医学用語かというと,一般に使っている用語との境目というのは,調べてみるとそれほどはっきりしておりません。明らかに定義された専門用語というのはありますけれども,一般用語となかなか区別の付かないものがある。もし法律にしましても医学にしても,そういうふうなものをここに入れていくとすると,「常用漢字表」にある前書きの1,2の辺りは,かなり性格が変わってくる。ということは,要するに表の性格そのものがこれまでの「当用漢字表」や「常用漢字表」とは変わってしまう。その辺りは,ほんとにそれでよろしいのでしょうか。
 それから,特別漢字のようなものを作ることの必要性は私も感じておりますので,それをどういう性格のものにするかというのはまた議論を深める必要があると思います。けれども,同時に,今一つ一つの漢字を中心に私たちは考えていますけれども,併せて考えていかなければいけないのは,熟字訓みたいな,熟語としての慣用だと思います。現在の常用漢字表で見ますと付表になっているようなものです。私は,付表そのものをかなり見直す必要があるのではないかと思います。ワープロのようなものが出てきて何が変わったかといったら,私たちの書記環境が変わったんです。公共の出版物みたいなものを含めた国民共通の言語材というふうなことを見たときに,どの程度変わったかというと,書記環境がドラスティック(drastic)に変わっていると思うほど変わっているのかどうかという辺りについてはちょっと検証が必要だろうというふうに思います。
 こういう書記環境の中で,これまでと違って,一番重視していかなければいけないのは「書く」という立場で考えていくのか,「読む」という立場で考えていくのかという点です。もちろんその両面は必要なんですけれども,かなり「読む」という立場で考える要素は,これまで以上にあってもいいのかなというふうに思うんですね。
 その「読む」ということで申しますと,やはり単字レベルではなくて熟語として出てきて,その単字の音訓だけでは間に合わないといったようなものがありますから,そういうものがさっきの伝統的な「歌舞伎」とは別に,付表のような性格のものとして考えないといけない。つまり,一字一字の単字のレベルじゃなくて,単語レベルの表みたいなものは必要最小限度作るということはどうしても必要になってくるだろう。
 ちょっと整理の不十分な言い方になりましたけれども,特殊なものとしては,付表のような単語レベルのものと,それからもう一つ今まで議論してきたようなものが考えられるのではないかと思うわけです。

○金武委員

 専門分野をどうするかということですけれども,当然新聞にはほとんど出てこないような専門語は常用漢字表には入れる必要はないと思うのです。もちろん,先ほどの日本の古典に使われているとか伝統文化に使われているというのは,専門分野でも使うけれども一般にも歌舞伎のように使われているものを拾うということでいいんじゃないかと思います。だから,常用漢字表の前文はそれほど変えなくても,完全な専門語というのはまた別だと思います。
 それから,付表とか熟語単位,「歌舞伎」もそうなんですけれども,確かにこの付表の方は,この前御紹介しましたように,新聞では現在の常用漢字表の付表より50語以上増えておりますので,それも含めて検討する必要があるのではないかと思っています。付表の語は音訓で引っ掛かるものだけなんですが,今回の常用漢字表見直しに当たっては,今新聞で特例扱いしている(しょう)乳洞の「鍾」のように,常用漢字表に入っていないけれども,熟語としては認めるというような,そういう語をどうするかということも検討対象になるんじゃないかと思っております。

○前田主査

 「1」の(1)のところに戻りますと,多くの点については御了解いただけたと思うんです。確認になりますけれども,常用漢字表の前文などにありますこういう表を作る目的ですね,その部分の基本的な部分は,私は変わっていないように,実は考えていたんですが,改めて言われますと,その点確認は必要だと思いますけれども,何か御意見はございましょうか,適用の範囲などですね。

○東倉委員

 私も金武委員がおっしゃったことに賛成です。ここの前書きにある社会生活と,2番目にある専門分野なんですけれども,科学・技術・芸術というのが例に書いてありますが,こういうものの中で社会生活と非常に距離が近くなってきたというものがあって,それは時代に応じて変化しているわけです。ですから,そういう基本姿勢は変える必要はなくて,専門分野の中から社会生活というものに距離の近いものを拾っていくんだ,そういう意味でさっき阿辻委員が御指摘になったように,用語辞典とか,そういうものというのも頻度として見る価値はあるだろうと思います。その中で,これは専門用語の中でも頻度が高く,社会生活にも非常に使われているというようなものは拾い出せるんじゃないかと,そういう視点で考えられるような気がします。

○前田主査

 そういうふうなことでよろしいでしょうか。
 それで,今話題になりましたところで,特別漢字,あるいは文化的なことを考えての特別な漢字,あるいは専門用語的なものとがあります。専門用語といっても「歌舞伎」などは,基本的にある分野における基本用語的なものであると同時に,しかも一般の使用にも相当使われている。そういう点で言えば,医学用語とかそういうふうな専門用語が,いわゆる専門用語になってしまいますと,ちょっと対象から外れるんだろうと思います。そういうふうな分野の用語でもキーワード的に使われていて,一般の日常生活にも入り込んでくるようなものについては,これは検討の対象になってくるのではないでしょうか。ただ,専門用語ということで法律用語とか医学用語とかと言われるとちょっと対象から外れるように思うんですよね。

○岩淵委員

 今,御意見が出ておりますようなことを確認するためには,氏原主任国語調査官には申し訳ないんですけど,『漢字出現頻度数調査(2)』のような形で出すのでなくて,例えば,新聞でも文化欄とか家庭欄とかまで分かるようにして,それぞれの使用漢字が分かるようなデータを作れば,一般的な医学用語が出てくるはずです。こういう『漢字出現頻度数調査(2)』の形ですと,新聞全体ではこれだけということで出てしまいますし,それから,辞書でもこうだというふうに出てしまいますので,使われている箇所が特定できるように中を細かく分けることをやれば,そう心配することはない。
 常用漢字表作成の検討をしていたころに,国語課で相当の資料をお作りになったと思うのですが,それもやはり使えるでしょうから,そうしたものも参考にすべきだろうと思います。また,今,林副主査がおっしゃったことに関連して申しますと,私は以前にもっと狭い意味での熟字訓のリストを作ったことがあります。これを作りました時にどうやって作ったかと申しますと,『岩波国語辞典』の見出しの漢字表記の中から抜き出しまして,それを岩波書店の校正部の方に見ていただいて,要る要らないを検討して,リストを作りました。そういうものがあちこちにあると思いますので,これも少し集める必要があるのではないでしょうか。
 阿刀田分科会長がおっしゃったことで申しますと,いろいろな漢字表が出ています。戦前の大西雅雄氏の「日本基本漢字」(1941年)という,統計的な処理をしたものをはじめとして,戦後はいろいろな国語辞典が漢字表を載せているのですから,そうしたものも参考になるのではないかと思います。そのほかに,国際交流基金,日本国際教育支援協会の『日本語能力試験 出題基準』にも2,000字ほどの漢字表が載っています。これらを一つに集めて一覧の形にすると,常用漢字ではどれが欠けているとか,どれがどうだというようなことですとか,あるいはどの漢字表では,どういう表外漢字を載せているといったことが分かります。今,お話しを伺っていまして,そうした作業もやってみた方がいいのではないかと感じました。

○前田主査

 大体,「1」の(1)のところでの基本的な進め方についての意見は出そろってきたように思います。基本的な進め方については,やはり各種の漢字調査などを参照しながら,それとは別に,それらを補うべき漢字調査といったものを考えていくというふうなことになりましょうか。
 そういう点で,この日常生活で使用される漢字を中心にしていくという辺りは,そのとおりでよろしいのではないかと思います。それと関連して,(2)の方のところは,一部議論は行われましたが,まだ十分には詰められてはいないかと思いますので,この辺りのところについてもう一度確認しておきたいと思います。これについてはいかがでしょうか。2,000字程度の目安というふうなことが,2,000字という数は,数だけ独り歩きするような形で度々話題になりましたけれども,そのイメージというものは必ずしも人によって同じではなく,確定していないんじゃないかという感じがしますので,この辺りのところについても御意見を頂ければと思います。

○松村委員

 先ほどのお話の中で,教育というものを外してということで,議論が始まったんですけれども,私はやっぱり漢字の習得をいかにしてさせていくかという現場にいて,その習得がなかなか今の常用漢字の中でも必ずしもうまく行っていないというようなところがあるという点から言えば,この目安としての2,000字,要するに今の常用漢字の枠組みを大きく外れないというところでの2,000字というふうにとらえています。その常用漢字の中で,それこそ使用頻度によって入替えをしていく程度で言うと,やっぱり2,000字が一つの枠になるのかなという理解をしております。そういうふうに進めていただきたいと思っています。

○前田主査

 これは,先ほど事務局の方から説明がありましたように,いわゆる教育とのかかわりが非常に大きいと思うんですね。今お話に出ましたところは,特に学校における指導ということを考えた場合の目安というふうなことになります。例えば,読めるけれども,書けない漢字ということをどう考えるかということにもかかわってきますし,そういったものも含めて常用漢字表の中に入れるかどうかというところですね。例えば,2,000字については読めて,しかも書けてほしいということで考えていけば,それは,そういう目安としてよく分かるんですが,もしそれに準常用漢字とかというようなものを加えた場合は,どうなるかという辺りですね。

○甲斐委員

 前も申したことの繰り返しですけれども,明治33年の「小学校令施行規則」の漢字表以来,2,000字を超えたことは1回だけなのです。それが,昭和17年の「標準漢字表」の2,528字というものでした。この昭和17年の「標準漢字表」については,今,前田主査がおっしゃるように常用漢字,準常用漢字,特別漢字とあって,そして保科孝一氏はいずれ準常用漢字は使用しないということを考えておられた。したがって,1,100字強ぐらいになるわけです。その後の「当用漢字表」も「常用漢字表」も2,000字を超えていない。やはり2,000字を超えると,国民の習得,これはもう高校までというより国民ですよね,国民全体が書けて読めるかということが問題になってくると思うのです。
 それから,さっき林副主査がとてもいいことをおっしゃった。「常用漢字表」の根本として,やはり法令とか公用文ということがありました。公用文というと地方にあっては広報紙,中央にあっては白書類ということになる。また,国語の教科書とかいろんな教科書における漢字の使用の基準にもなる。その「常用漢字表」の前書きで「書き表す場合の」となっていますが,書くということをしているのは送り手としてだと思うんですね。それが,書けなくてもいいんだ,パソコンで打てたらいいんだというのは,私には考えられない。できたら,送り手になる国民の一人一人が広報紙などの送り手になるんだというようなことを前提として,漢字を考えないといけないと思うのです。そこから言うと,これまでの100年では,100年にはならないかもしれないけど,日本の漢字というのをできるだけ少なくしようとしてきた。それから,学習指導要領も2期前の時には,国会の方で漢字が問題になって,漢字学習に掛ける時間が多過ぎるのではないか,何とか軽減せよということがあって,大変困って,どうすればよいかということがあった。やはり,こうしたことの背景にあるものは,漢字の数と国民の漢字使用力との関係といいますか,この問題だと私は思うんです。そういう点で言うと,この2,000字を超えるということについて,前田主査がおっしゃるように読めるだけでいいというんだったら,教育外であると思います。教育外ですと,現在の「表外漢字字体表」は1,000字ほどありますけど,これを2,000字にしても何も困らないんですね。そういうことで,習得ということはやっぱり最初から外すことはできないのではないかということで,2,000字程度というのは,私は動かせないように思っております。

○林副主査

 今,甲斐委員がおっしゃったことに私も同感ですが,この2,000字というのを今ここで余り固く考えず,「程度」ということで,柔らかい数字として共通の了解ができているというところまでかなと思っています。私も大体そういう規模になるのではないかなと思うんです。要するにどの程度の規模の文字を選ぶかということですけど,要素は二つあって,書かれたものが分かりやすいということ,もう一つは松村委員もおっしゃったし,甲斐委員もおっしゃったように,習得ですね。習得の言わば限界と,それから書いたものの分かりやすさ,そのバランスで恐らくこういう数字がこれまで実績として存在するんだろうと思います。
 ですから,私も規模としては大体その程度になるんだろうということは予想しておりますけれども,問題はその「習得」の部分です。今,読める漢字,書ける漢字という言い方で区別していますけれども,そんなことは当たり前だとおっしゃるかもしれませんが,書ける漢字というのは当然読めるわけですから,別な言い方をすると書ける漢字,書けなくてもいい漢字,これを総体としてくるんでいるのが要するに国民共通の言語材として皆さんが認め合っておく必要のある範囲なのではないかなと思います。例えば,仮に2,000字ということになりまして,この2,000字を全部書けるというところまで持っていくには,これまでの学校教育の実態や,それから読み書きの訓練をかなりやっていた昔のような教育を考えましても,2,000字を完全に読めて書けるようにするというのはどうも余り現実的ではない。おのずから,2,000字という規模のそういう国民共通の言語材としての範囲が決まってくれば,その中で,やはりここまでは書けないと困る,ここは書けなくてもいい,書ける漢字,読める漢字というより書けなくてもいい漢字,その範囲はおのずからまたある程度の線が出てくるのではないかなというのが私の今漠然と感じているところです。

○金武委員

 確認なんですが,今の常用漢字1,945字というのは高等学校までに読めて書けるというのが目標なんですか。

○甲斐委員

 そうですね。大学の入試とか一般の公務員試験等では,それは書く対象に入ります。

○氏原主任国語調査官

 高等学校の学習指導要領(「国語表現Ⅰ」「国語総合」)では,「常用漢字の読みに慣れ,主な常用漢字が書けるように…」となっています。

○林副主査

 で,実態がそうなっているかというと,そうじゃないと思います。小学校の学年別に配当されているのが1,006字ですから,恐らくこのところは書けるということを目標にして教育が行われていますけれど,その後は実は全く何もしていないというか,高等学校くらいになると,ほとんど漢字を習得するという要素が,うんと薄くなっちゃうだろうと思いますので,いわゆる全く野放図な状態じゃないかなと思います。

○甲斐委員

 高等学校の国語の教員から言ったら,ほんとに死活の問題なんですね。書けなくてもいいよということでも,教科書には出てくるわけです。出てきたら板書することがあるわけです。生徒は写すんですね。そうしたらそれについてやはり旁とか何とか,読みとか意味とか説明して書かないといけない。だから読めるだけというのは,おおよそ考えられないと私は思うんですね。それで,大体書けるということですけれども,じゃ大体とはどれぐらいだといったら,その定義はないわけですから,高校ではやはり常用漢字については一通り書けるように指導するしかない。大学入試でも大体というときにこの300字は出しませんよという制限があればいいんですけれども,制限はないわけです。

○松岡委員

 ちょっと確認しておきたいんですけれども。その「書ける」と,今ここで言っているのは「手書きできる」ということですね。

○前田主査

 そうですね,はい。

○松岡委員

 さっき検討してほしいということをちょっと申し上げましたけれども,「手書きできる」,それと偏と旁を覚えるということの大事さは,初めて出てきた字でも,偏や旁が分かっていれば意味や音訓が推測できるということにあるんです。ですから,その手書きできる範囲というのは非常に大事,それを習得した先の広がりというんですか,それのベースになることだと思います。

○松村委員

 今,義務教育レベルとその後の段階とがちょっとごっちゃになっているようなんですけれども,義務教育レベルで言えば,書くというのは手書きのことで,書けなければならない漢字は小学校の学年別の配当漢字表に出ている1,006字,そして中学校3年,義務教育が終わるまでにやっぱり常用漢字の大体が読めるということです。その後は,高等学校にお任せしてという,それで義務教育が終わるわけですね。ですから,「常用漢字表」の目指す漢字の範囲というのは,高等学校卒業程度の社会人を目標にしているというふうに私はとらえています。最初からそういう落差はあるわけですね。1,006字は何としても書けなければならない。だけれど,常用漢字は1,945ありますから,そのほとんどを大体読めるようにしたりするというと,そこで書くことと読むことの乖(かい)離はあるわけです。それでも,やっぱりある程度,常用漢字については書けるようにはしておきたいということがあって,中学校の国語教科書では,1,006字以外でも,新出漢字ということで1年生,2年生,3年生にある程度の漢字は割り振られています。そういう段階での子供たちの習得の状態ということを見たときに,やっぱり余り増やせないかなということで,私は今2,000字ということよりは,今の枠組みを大きく外れないというところでの理解なんですね。2,000字だから2,001字ではいけないとか,そういうことではなくて,そんなところで考えていければいいなというふうに思うことが一つです。
 それから,松岡委員がおっしゃったような,やっぱり習得のさせ方として漢字の字義といいますか,偏と旁もそうですし,漢字の構成に関してもそうですし,それが漢字を理解していく一つの手段として学習の中できちっとさせていかなければならない。そのときに,やっぱり時間数との関係とかがあって,なかなか思うように進まないということもある。だから,私は教育の現場から来ている者として,漢字についてはいつも習得に要する時間と漢字の総数との関係ということでいつも考えてしまうんです。ちょっとレベル的には,ほかの委員の方々がお話をしているところとは違うところになると思うんです。やっぱり読めるということは意味が分かるということだし,それは文章を子供たちが書いたときに書けるということでもあります。ということは,文章の中で使える漢字をどこまで増やしていくかということはとても大事なことだろうと思っています。

○金武委員

 今のお話を聞いてみると,やっぱり教育のことを考えると2,000字前後が新常用漢字表としては妥当かなと思いました。ただ,前提として情報機器が発達して,ワープロ等で文章をいわゆる打つのが書く代わりになっておりますので,いわゆる手書きできなくても,とにかくワープロで正しい字が変換できるということは意味が分かるということだと思うのです。読めて分かる範囲というのは2,000字前後までは可能じゃないかと思っておりますので,本当に手書きができるようにするのは,今の学年別配当表の漢字数からそんなに増やさないようにしておけば,何とかなるんじゃないかという気がします。

○林副主査

 教育の問題はもちろん大変大事な問題なんですが,この委員会の最優先事項ではないだろうという気がするんです。「常用漢字表」を見直すことになったきっかけは,情報機器の普及とその情報機器を使って漢字仮名交じり文を書くという行為が非常に普遍的な行為になってきた結果,昭和56年に作られた規範がちょっとぎくしゃくし出したということからそもそも起こっているわけです。見直された漢字表が出来上がった結果として,子供たちが何字書けなければならないかというのは後で付いてくる議論であるべきでして,一般の社会生活で使われる漢字の目安を決めていって,そこから後に,例えば学習指導要領とかという部分の事柄で,それを分析していけばいいのじゃないかということだという気がするんです。

○阿刀田分科会長

 今の意見とある意味同じで,少し踏み込んで,そうなるとコンセンサスが得られるかどうか分からないんですが,やっぱり漢字の「習得」ということは三つ全部そろっていることであって,読めて,書けて,意味も分かるという,それ以外の何者でもないわけです。教育という実際の現場,これは学校のレベルとかいろんなことで,随分変わってくると思いますけれども,それは教育の現場でどういうふうに考えていくかということです。ここでは,やっぱり余り細分化して,ここまでは読めればいい漢字だというようなことを限定していくと,限定も難しいし,漢字というのはそういうものでもないような気もだんだんしてきますね。確かにワープロ打てば,打てるようになっていくでしょう。しかし,書けなかったら,今のワープロはいろんなものがありますので,一概には言えませんが,辞典みたいなことを考えたら,漢和辞典を引いていくときに,書けないという前提の中で,果たして漢和辞典を引いていけるんだろうかという問題も当然出てきます。やっぱり2,000字くらいまでは,高等学校を出た一応の知的なレベルでは三つともできるのが基本であると思います。でも,学校教育の現場やいろんなところから考えて,こういうことは学習指導要領で考えればいいんじゃないかと思います。あるいは,学校それぞれの,機械・工学専門学校であるとか何とかそういうようなこともいろいろありますので,その辺りは若干の配慮があっていいんじゃないかということでしょう。最終的に,それを少し出すことくらいはあってもいいけれども,基本的にこの国語分科会がそこまで立ち入った議論をしていくことは必要ないだろうと思います。漢字はやっぱり漢字だ,読めて書けて分かってというのが漢字じゃないかということです。

○小池委員

 私は今の阿刀田分科会長の考え方に賛成です。阿刀田分科会長のおっしゃったグランドデザインと言いましょうか,大体のスケッチにも賛成です。結果として2,000字という数字が付いてくることはあるだろうと思いますけど,東倉委員もおっしゃったように,母集団が何かということによって,挙がってくる数字というのは当然違ってくるわけですから,できるだけいい母集団を広く集めてくると,3,000字とか4,000字というものが抽出されてくる可能性が非常に高いと思います。その中から最終的に2,000字というところに落ち着いてくる。その上で,これについては「読み」「書き」「分かる」の三位一体であるとする,漢字表に入れるからには,たとえ書けなくても,三位一体の中に分類していく。こういう流れが一番いいんじゃないかなということなんです。
 関連した議論で言うと,三位一体でないと漢和辞典も引けないわけですし,それから一番危()されるのは,この漢字は読めるけれども書けなくてもいいというような規定の仕方が独り歩きすることだと思うんですね。そうすると,そういう漢字がこの世の中に認められたんだということが,例えば今の若い人たちの間でどういうふうに広まるかなというのが非常に心配なんです。既に私の経験の中でも,去年の4月から大学生に教え始めた経験ですが,漢字をこの4月から補習の形で1時間半の講義の中で30分やっております。けれども,実感としては,学生はワープロで打てるからいいやという感じでいるんですね。書けない漢字は,確かに試験をやると露呈してきますけど,意欲が低いんですよね。何でこんなに意欲が低いのか,これだと将来世の中に出て恥をかくよと言っても,それは分かっているわけです。だけども,踏み込んで書けるようにするという努力が続かない。どうせ打てば出てくるということですね。そういう意識がすごく強くなっているような気がしています。そこへ細かく分けた規定の仕方が出てくることは,今まで余り考えられなかったような事態というのが出てくるように思います。ですから,基本的には三位一体ということをベースにしていって,最後で,まあ仕方がない,この漢字は読めればいいよというような努力の仕方をさせないといけないと思います。

○前田主査

 先ほどの「1」の(1),(2)との関連で言えば,(2)の2,000字程度ということは国語教育とのかかわりで言うと,頭に置いておかなければいけない目安というふうには思いますが,議論としては,もう少し広げたところまで考えて議論をしていくというふうなことでよろしいでしょうか。

○阿辻委員

 もう余り時間がないので,事前に伺っておきたいんです。「2」の「(5)必要な漢字調査についてどう考えるか。」ですが,当然,これは何らかの調査必要になってくるんですが,現在,文化庁サイドでお考えの,あるいは御用意なさっている調査にはどんなものがあるのか,紹介できる範囲で結構ですので,教えていただければと思います。

○氏原主任国語調査官

 そうですね,現在考えているのは,特定の漢字がどういう文脈で使用されているのかを明らかにするという調査です。それから冊子資料として,国立国語研究所でまとめた雑誌90種調査に続く,雑誌200万字調査というのがあります。これは,もう出来上がっていて,先生方にもお渡ししている資料です。それから,「表外漢字字体表」の審議過程で作成した資料集も使えると思います。

○阿辻委員

 雑誌の200万字調査ですか。

○氏原主任国語調査官

 はい,現代雑誌の200万字言語調査です。これは平成6年に刊行された月刊雑誌の抽出調査ということで,前に申し上げたように1,000ページについて8ページぐらいを統計的にサンプリングしたものです。ですから,量としてはちょっと少ないんですけれども,既に出来上がっているものです。
 それから,今,国語課で進めている凸版印刷の新しい調査があって,これは5,000万字レベルということでやっています。この調査は,『漢字出現頻度数調査(2)』の延長のようなものです。ただし,前回お話し申し上げましたように,これまでなかなか難しかった,最も身近だと思われる週刊誌,例えば『週刊文春』等を調査対象資料に入れた新しい調査を進めています。この調査は,今年度中には出来上がるという予定で進めています。先ほど現在考えている調査と申し上げたのは,実は,まだできるかどうか分かりませんが,来年度の調査として考えているものです。
 どういう調査かと言いますと,お話しした5,000万字調査ができた段階で,当然,それは『漢字出現頻度数調査(2)』の新しいバージョンですから,同じような調査になるわけですが,この中から必要な字種を取り出して,その漢字がどういう出現形態をしているかを調査しようというものです。もう少し具体的に申しますと,例えばここに何か字があって,それの前後5文字ずつを切り出ていく,そうすると,ある字を中心として前後5文字ですから11文字抽出されます。前後5文字というのは,非常に長いケースですけれども,あるいはその字を先頭にして後ろの5文字を抜くとかというやり方もあるかもしれません。11文字になるとかなりの量で大変ですが,その字を真ん中にして前後の5文字があると,使われている文脈が分かります。そうすると,ある字がある漢語の一部として使われているのか,訓で使われているのかということがすべて分かります。ただし,それを全字種について行うというのはとても考えられません。『漢字出現頻度数調査(2)』で出てきた字種は大体8,500字種ぐらいなんですね。今回の調査ではもう少し増えると思います。そうすると,その一つの字種ごとに全部調査するということは考えられないので,この小委員会の議論を見ながら,その中でこれについては,例えば「育(はぐく)む」などという訓がちょっと問題になっているとすれば,「育」という漢字の前後5文字を採って分析してみると,「育む」という訓で使っているのか,「育成」というような熟語で使っているのかということが分かります。そういう特定の字種についての調査を実施したいというふうに考えています。ただ繰り返しになりますが,今お話し申し上げた調査については,実際にできるかどうかは分かりません。飽くまで来年度の課題として考えております。

○東倉委員

 今説明されたのはかなり網羅的な調査で,それで今の日本語解析の技術を使うとかなり形態素分析とか,どの字がどの字と結び付きやすいという確率が非常にきれいに出てきます。デジタルですから,そういうある文字が確率的にどういう字と結び付きやすいかという確率分布を見ると,どの辺で確率を切ればどういう言葉だけを考えておけばいいかというようなことは,ある程度統計を信じていいんじゃないかというぐらいの精度は得られると思います。

○岩淵委員

 伺いたいのですが,例えば月刊誌のところは,雑誌ごとにデータを出すことはできないのでしょうか。

○氏原主任国語調査官

 雑誌ごとにはできます。
 雑誌ごとのは,既に『漢字出現頻度数調査(2)』でも,第2部のところ,ページで言いますと281ページのところにあります。この部分は,私の判断で,性格にかなり違いのある『国語と国文学』,『壮快』,『月刊宝石』,『法律時報』という4雑誌を選択して抽出調査をお願いしたものです。実際,これらの雑誌で比較すると,出現頻度数はものすごく違います。『法律時報』なんかは当然のことですけれども,法律の「法」という字が非常に多くなっているとか,そういう雑誌ごとの特徴がはっきり出ています。

○岩淵委員

 そういうふうに一部を選ぶのではなくて,全部を対象にすることはできませんでしょうか。雑誌ごとの数値を足してみても,ほとんど意味がありません。例えば,『国語と国文学』なら,それを足したのはいいと思いますが,これに『壮快』の数値を足して,『月刊宝石』の数値を足しても余り意味がありません。ジャンルごとにこうしたことが可能ならばいいのですが,第一部の形態のリストでは難しそうですので,雑誌でしたらできるのかもしれません。

○氏原主任国語調査官

 雑誌とか週刊誌とかで行うということですと,確かに雑誌が一番やりやすいかもしれません。

○甲斐委員

 先ほど高校までの習得というのは,また外そうという意見が出たわけですけれども,私は高校までの習得を外すのは構わないと思います。しかし,国民の大多数の言語生活能力における漢字力という点では,習得は外すわけに行かないと思うんです。したがって,習得という問題は,前の「これからの時代に求められる国語力について」の答申の中でも,日常的に新聞が読めるということを取り上げました。
 今どんどんと新聞離れが起こってきているんだそうで,聞いてみたら,面倒くさいというわけですよ。したがって国民の漢字力という点をやっぱりどうしても重視しておきたい。そうして,国民は,先ほど申したように,地域の広報紙などの送り手にもなれるというようなことを前提にすると,やはり習得ということを外してしまって,その漢字が大切だなんていうのは,考えにくいのではないかということをちょっと問題提起として申しておこうと思います。

○前田主査

 だんだんもう時間がなくなってまいりましたので,まとめに入らなければいけないんですが,「1」の(1),(2)のところについての議論は大体できたと思いますけれども,(2)については,なおちょっと保留してあるところがある。それから,「1」の(3)のところで,具体的に漢字を検討していくことなど,「2」の(5)などと併せて,いろいろな場面,分野などのことが話題として出ました。特別漢字を作るかどうかということについてはまだまとまっていません。
 それで,「2」の方の(1),(2),(3),(4)は前の方との関連でいろいろと話題が出ましたけれども,これについては,更に検討する必要があるんじゃないかと思います。事務局の方からは何かありますか。

○氏原主任国語調査官

 できれば,今日,例えば「2」の(1),(2),(3),(4),(5)と挙がっていますが,大体こういうイメージでいいのかどうかが確認できればと思います。漢字小委員会は次回の1月9日が今期の最後になりますので,この日には,漢字小委員会の1年間のまとめを検討することになります。そのまとめのたたき台を,9日にはお出ししたいと思います。そう考えますと,例えば今の「2」の,「読めるだけでいい漢字」などは,3要素で考えたらどうかという,この辺りのところはある程度御了解いただいたということで,そういうふうにたたき台の中に書いてしまっていいのかどうかというところがちょっと気になっています。

○金武委員

 今までの流れからいって,書けなくてもワープロ時代だから読めて意味が分かればいいというのも入れていいんじゃないかという同意もあったと思います。小池委員がさっきおっしゃったように,読めれば書けなくてもいいというのが独り歩きすると心配だというのはもっともなので,これは,我々がここで新常用漢字を選ぶときの目安というか基準としてそういう考え方があるのであって,外に向かって今度の漢字は書けなくてもいいという宣伝をする必要は全くないと思います。

○小池委員

 私も全くそういう意味で申し上げたので,何でも分けるという欧米的な考え方で議論すれば分けていくことになるので,本来は三位一体のものですけれども,議論するときは分けていかざるを得ないわけですよね。その意味では,やっぱり分けて議論することは方法論としては私は正しいと思います。けれども,認識としては三位一体だということをしっかり持っていないと,提示するときに妙なことになるんじゃないかと…。議論そのものも少しスライスしていくかなという心配があったので,申し上げたのです。

○前田主査

 具体的には,熟字訓とかそういったものなどを,付表のような形でサンプルを付けていくという処理もあり得ますね。

○岩淵委員

 結果として書けないのが出てきてもしようがないと思うのです。全部書けといったところで,今それを強制するものは就職試験ぐらいしかありません。そうなると漢字を勉強しようという人間は余りいないわけですし,大学入試からも,マークシートの使用に伴い手で書くという書き取りがなくなっていく状況になってきています。

○林副主査

 漢字の本来論から言えば読めて,書けて,分かるということで,小池委員のおっしゃるとおりです。しかし,実態としては,なかなかそうは行かないというのがある。それからもう一つは,今の学校の生徒から言いましても,さっき松村委員がおっしゃいましたけど,1,006字は学年配当してあるわけで,中学では,それ以外に常用漢字をできるだけ読めるようにしておくということですね。義務教育としては,一応そこまでなんですね。それとの関係で言うと,おのずから読めるけれども書けない漢字というのは現実にあるし,それから教育の,学校の制度からいうと,当然そういうものが出てくるという理屈がございますので,おっしゃるように三位一体ではあるけれども,我々が検討するときには,つまり習得の限界ということを考える場合には,その三つの観点からやはり吟味するというか,検討する必要がある。ただし,表として提出するときには,そんなふうに分けるとか,余りこういうものを正面に押し出してこの漢字表を説明するということは,私も非常に不適切だというふうに思います。

○甲斐委員

 余り書ける漢字,読める漢字という言葉が外にこぼれ出ることだけは避けたい。検討の過程ではいいと思うんですが,それを心配します。

○前田主査

 今まで,読めるけれども書けないという漢字ということが大分話題になってきましたけれども,どうも,これ自体が漢字表の前面に出る形というのはあんまり望ましくないということになりそうですね。検討の過程でそういったことも頭に置いて考えなければいけないということだと思いますけれども,そういうことでよろしいでしょうか。
 だから,この検討資料としては,そういった問題のことも書き加えておいて,それでまとめに入っても構わないんじゃないかと思いますが…。事務局からはどうですか。

○氏原主任国語調査官

 先ほどから常用漢字表の「前書き」の話が出ていますが,これに関連して常用漢字表の答申前文には「なお,ここに言う一般の社会生活における漢字使用とは,義務教育における学習を終えた後,ある程度実社会や学校での生活を経た人々を対象として考えたものである。」と記述されています。この辺りは,今後の議論のこともありますので,ここで一度確認しておく必要があるのではないでしょうか。

○前田主査

 そのほかのことで,何か御提案とか疑問とかございませんでしょうか。特になければ,以上で,本日の協議を終わりたいと思います。

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