第16回国語分科会漢字小委員会・議事録

平成19年9月10日(月)

10:00~12:00

三菱ビル・M1会議室

〔出席者〕

(委員)前田主査,阿辻,岩見,沖森,甲斐,金武,杉戸,武元,出久根,納屋,濵田,松村,邑上各委員(計13名)

(文部科学省・文化庁)町田国語課長,氏原主任国語調査官ほか関係官

〔配布資料〕

1  第15回国語分科会漢字小委員会・議事録(案)

2  これまでの漢字政策について(付:人名用漢字)

3  人名用漢字と国語施策との関係について(改)

4  JISの漢字表について(改)

5  今期(10月以降)漢字小委員会の開催日について,意見交換を行った。

〔参考資料〕

1  国語分科会漢字小委員会における今期の審議について(平成19年2月2日)

2  平成18年度『国語に関する世論調査』(文化庁文化部国語課)
 付:平成18年度「国語に関する世論調査」の結果に関する新聞報道

3  『漢字出現頻度数調査(3) 第2部索引』(文化庁文化部国語課)

〔経過概要〕

1  事務局から配布資料の確認があった

2  前回の議事録(案)が確認された。

3  事務局から配布資料2,3,4についての説明があり,説明に対する質疑応答の後,意見交換を行った。

4  事務局から参考資料2について簡単な紹介があった。同資料の内容については,次回の漢字小委員会で事務局から改めて説明することとなった。

5  配布資料5によって,10月以降の漢字小委員会の開催日が確認された。次回の漢字小委員会については,10月17日(水)の10:00から12:00まで開催すること,また会場については改めて事務局から各委員に連絡することが確認された。

6  質疑応答及び意見交換における各委員の意見は次のとおりである。

○阿辻委員
 配布資料2「これまでの漢字政策について(付:人名用漢字)」の「1当用漢字表以前の漢字表等」の大正時代の(1)常用漢字表,こういう戦前における漢字表を制定するときのベースになった基礎データというのは残っていないのでしょうか。例えば,先ほどJISに関する御説明のときに,何々という漢字表の中から選んだというお話がありました。この大正年間とか戦前のときに,例えば臨時国語調査会のときなど,下敷きになった文字セットのようなものは分からないのですか。

○氏原主任国語調査官
 当時の資料の現物という意味では残っていません。ただし,何を資料として使ったのかというのはある程度分かっています。例えば,大正時代の常用漢字表では,尋常小学校の各種教科書でどういう漢字が使われているか,新聞社や印刷所でよく用いられている漢字はどういうものかなど,当時は活字が用いられていますので,どのような活字が何本作られたかが分かれば,漢字使用の実態が把握できます。そういうようなものを基礎データとして使ったようです。

○阿辻委員
 もしかしたら大変漢字や漢文にお詳しい委員の方々が,『康字典』なら『康熙字典』を見ながら,片端から○×を付けて決めていったのかと思ったのですが,そういうものではないわけですね。

○氏原主任国語調査官
 一応資料があって,それに基づいて審議しています。ただし,そこでどの漢字を採るか採らないかということは,こうした国語分科会漢字小委員会のような場で,専門家の方々の検討によって取捨選択されたということです。

○濵田委員
 今のお話と関連しますが,大正12年に臨時国語調査会が発表した漢字表,この目的についてです。「国民教育及び国民生活における漢字の負担を軽減しようとするもの…」という,この流れというのはずっと現在も変わっていないのですか。

○氏原主任国語調査官
 当時の漢字表は,明確に「漢字制限の立場から,国民教育及び国民生活における漢字の負担を軽減しよう」という考え方でしたが,そこは現在の「常用漢字表」によって大きく変わっています。つまり,「当用漢字表」の時代までは,この<漢字制限の立場に基づく制限的な性格>がそのまま引き継がれているわけですが,「常用漢字表」は<漢字使用の目安>になっています。そこがやはり大きな変更点です。ただし,国民教育及び国民生活における漢字の負担を軽減しよう,一般社会における共通の土俵を作って,その中で漢字を使っていこうという,その部分に関しては,「常用漢字表」もそういう考え方を基本的に引き継いでいるということは言えると思います。

○前田主査
 先ほど御説明のあったJIS漢字の問題などは,情報機器のことがすぐにかかわりますから,ある意味では大きく変えざるを得なくなってきているとも言えるかもしれません。JISの規格は,情報機器に対して定められたわけですから,私ども,私どもというよりもっと若い世代ですと,情報機器を使って漢字をどんどんと出すということもあるわけです。JIS漢字は,必ずしも先ほどの漢字制限的な意識で定められているものではない。それから,その編成の仕方もいろいろ,先ほど御説明がありましたように問題があるわけです。そうした漢字がどんどん出てくるということについては,常用漢字表の制定の時の考え方でいいのかどうか,ということになってくるのじゃないでしょうか。

○杉戸委員
 一つ教えていただきたいのですが,今日の資料2の「1当用漢字表以前の漢字表等」で,「(3)漢語整理案」というものが紹介されています。これが「上記1の実施に伴う措置として,」とありますから,つまり,大正12年の常用漢字表を1,962字に絞った時に,その1,962字に絞ったことによって書き表すことができなくなる語はこういうものであるという範囲が,きっと見えていたわけですね。それを「昭和3年まで15回に分けて発表」ということですが,このデータは,何かしらの資料で,今見ることができるようになっているのでしょうか。どこかの図書館に行けば,当時の臨時国語調査会の資料が集成されたものがあって,そういうので,簡単に見られるということはあるでしょうか。

○氏原主任国語調査官
 簡単には見られないと思います。これは当時の「官報附録雑報」に発表されたもので,その時の『法令全書』にも入っていないものです。

○杉戸委員
 どれくらいの語が言い換えとして示されているのか興味のあるところです。「当用漢字表」から「常用漢字表」に変わる時も,何かこういうものが書きたいから漢字を増やすのだという,語のレベルの,単語のレベルの検討がされた部分があるわけですね。これも,やはり,大正12年の「常用漢字表」で漢字を制限すると,単語の世界,語の世界に影響が及ぶということが非常に審議に意識されていた,その結果が後を追い掛けるようにして昭和3年まで15回に分けて発表された,それは難しい漢語の言い換えにつながっているわけですね。

○氏原主任国語調査官
 はい,そうです。

○杉戸委員
 これは割に重要なことだと私は思うのです。漢字表を考える上で,文字の単位でなくて語の単位を考える必要があるというのは,この委員会でも,昨年から続いて出てきているわけですが,そういう話につながる話だろうと思うんです。先ほどの説明を伺いながら,非常にたくさんの単語が,この「(3)漢語整理案」に示されたものかどうかというようなことをちょっと考えました。説明の中では(3)には触れられなかったものですから,審議の一つの側面として非常に重要なことかと思って質問をしました。

○氏原主任国語調査官
 必要であれば次回に資料として提出したいと思います。今日はここまでの話はかえって分かりにくくなるので省略した部分なんですね。語の数としては八百数十ということで,そんなに多くありません。
それに関連して申し上げると,大正12年の「常用漢字表」は,同年の5月9日に臨時国語調査会から発表され,9月1日から新聞各社が実施することになっていたわけです。ところが,関東大震災でその実施が遅れるわけです。けれども,1年10か月後ぐらい,約2年後から実施されるのですけれども,結局新聞なんかでも言い換えの問題というのは非常に大きな問題になるわけです。漢字表の範囲の中で新聞を表記していこうと思うと,どうしてもこういう問題となる語が出てくるのですね。そういったことも同時に起こっていて,その中で臨時国語調査会として,どう考えていくのかということで発表された資料がこの漢語整理案です。そういう性格の資料ですので,やはりどういった語があったのかを実際に見ていただくために,次回の漢字小委員会に,お出しすることにします。

○岩見委員
 外国人への日本語教育に携わっておりますが,一般の国民生活における漢字制限というのは,これは基本的には大切なことだと思います。一方,文化を豊かにという視点では,ただ今,杉戸委員の御指摘がありましたように,語の豊かな,国語の豊かなということと,漢字制限とをどうやって折り合いを付けていくかということは,とても大事なことだと思うのです。その点は,氏原主任国語調査官からの説明で,国語施策の長年の御苦労の跡がよく見えてきました。

○出久根委員
 氏原主任国語調査官から説明がありましたけれども,若い人たちが子供の名前を漢字を使って付けるけれども,読みが自由であるということでした。これは戸籍法には抵触しないものなんですか。

○氏原主任国語調査官
 戸籍法では,読みのことは何も触れられていないのです。子供の名前には,さっき見ていただいたように「常用平易な文字」を用いなければならないとか,使用できる字の種類については規定されているので,その範囲で名前を付けるのですが,読みについては何も規定されていないので,結局,自由にということになってしまうのです。

○阿辻委員
 その件で,法務省の人名用漢字の委員会に出た時に,法務省の方に伺ったら,出生届には読みを書く欄がないということなんですね。だから,読みが自由なのです。戸籍法で,こういう文字を使うというような制限はするが,どのように読もうがそれは届ける必要がないから,法務省では関知しないということなんだそうです。

○出久根委員
 これは大きな問題じゃないですか,いわゆる漢字の問題の中では…。自由に感性で読みを付けてしまう,そうすると漢字というものがあっても,意味が全く違うようなものが出てきますよね。そういうふうに読みを自由にしてしまうと,人名から何か漢字の読みが崩れていくような気がしますね。

○前田主査
 人名用漢字のことは,また別に取り上げなければいけないのだろうと思いますね

○松村委員
 人名用漢字と漢字教育との関係というのはいつも大事だなというふうに思うのですね。今の子供たちの名前は,どちらかと言うと音だけ追っていって,漢字の意味から,本来というか,私なんかは,子供に将来への夢を託すというか,意味のある漢字を命名に使いたいというふうに思うのですが,そういうことではなくなってきています。音読みの響きの良さ,それから後は,やはりこういう国際社会だからなんでしょうか,これも音読みに関連して,外国名に通じるような名前の付け方,というところが目立ちます。そうなると,ここから漢字への興味を引き出す教育ということが何か難しくなっているなということは感じます。
 それで,先ほどの氏原主任国語調査官の御説明の中にもありましたが,これまでも親の自由,親の考え方での名前ということはあったのですが,名前を付けられる側からの発言というものに余り触れたことがありませんでした。ところが,今年の夏,新聞の投書で,付けられる立場から,やはり名前というのは,一生付いて回るものだから,平易で分かりやすく,意味の分かるものをというような投書を読んで,安心をいたしました。
 ちょっと人名用漢字とは離れるのですが,前期の漢字小委員会が終わったところで,周りの中学校の現場の国語の教員といろいろ話をしました。その中で,今の常用漢字の中の問題の方が我々にとっては結構シビアなというか,問題があるという話題になりました。例えば,学年別の配当漢字の中だけではなかなか書き切れない部分もあるということ。つまり,中学校における漢字教育をどうするか,小学校の学年別の配当漢字にはないけれども,中学校の教科書の中では当然新出漢字は入ってくるわけですから,どこまで書ける力を付けていくかという問題が当面の本当に大きな問題であると。今日,ここに来る前に,生徒に環境問題の話をしてきたのですが,環境の「環」という字は学年別の配当漢字には入ってないのですね。ただ,中学校の教育の中では当然使われ,書けなければいけないととらえます。
 それから,漢字の読みの問題。これは人名用漢字ともかかわってくると思うのですけれども,音訓の付け方が,配当別の漢字の中で発達段階に配慮してということで,小学校の読み,中学校の読み,高校の読み,一つの字種に対して,3種の読みが入っているというのもある。あれも発達段階なんでしょうが,漢字の一番大事な面というのは,訓読みから意味を類推して漢字の意味が分かる,それから読める,理解して使えるということです。そういうこともあるのだろうということを考えると,訓読みが,今の常用漢字の中でも,あれでいいのかというようなこともいろいろ考えました。
 訓が読めれば,それから語彙を増やす,豊かにしていくというようなことが随分できるわけで,漢字の学習というのはそういうふうにして今までもやられている。例えば「告げる」なら,「告げる」が「人に話をする」という意味だと分かれば,そこから「告発」も「告白」も,それから「申告」もいろんなことが分かってくるということがあるだろう。語彙を増やす,言語感覚を磨くということでの,音読みと訓読みについての整理が,今の常用漢字の中でも必要じゃないかと思うんです。
 もう一つは,常用漢字と常用漢字外,表外漢字のことです。前回のこの議事録を見ますと,そこでも出てきたと思うのですが,「こたえる」ということも,「答える」と「応える」とでは,中学生でも,やはり違う意味としてきちっと受け止めていると思いますね。そういう読みが常用漢字では整理されてない。あるいは「かなしい」という言葉については,やはり子供の語感を磨く意味で,この辺の読みはどうなんだろうとか,常用漢字以外の,常用漢字にはない音訓の読み方,その辺のところも,中学校の現場からすると大事な問題になっています。その辺の論議を是非とも今後深めていただきたいというようなことは思っていました。
 人名用漢字については,学校現場で生徒の名前を見ながら,いつもいろんなことを思っていますので,その辺のところがやはりかかわってくる,これからの論議の中で人名用漢字を取り上げる必要があるのじゃないかなという気はしています。

○甲斐委員
 配布資料2の「2当用漢字表」について,氏原主任国語調査官が,昭和21年は字種だけが先に出,字体が出たのが「4当用漢字字体表」で,3年経過してからだという。これは,やはり大変大きな問題を今に引きずっているように思うのです。
 新しい常用漢字表をまとめていくときには,やはり最初は字種だと思うのですね。ところが,その字種を決めたときに,次に字体をどうするかという問題がある。当用漢字表の場合は昭和21年に字種を出して,わずか2~3年ですけれども,正漢字を提案しているものだから,人名で正漢字も許可になった。すると,「当用漢字字体表」が出た後でも,その前に出していた正漢字の扱いが問題になった。それが今に続いてきているということがある。現在,「表外漢字字体表」がありますから,「常用漢字表」の字種を入れ替えたときに,新常用漢字表の字体をどういうふうに持っていくといいのかというのが頭が痛いという感じがあります。「表外漢字字体表」で,せっかく正漢字を認めているのに,常用漢字に入れたときにまた略体にするのか。そこら辺りの,略体と正体の関係ということを頭に入れておかないといけないなというように思いました。
 もう一つ言うと,「3当用漢字音訓表」というのも,やはり今,松村委員が言われたのですけれども,私もこれはいろいろ問題があると思っているのです。人名の漢字の読み方というところは,人の名前と音訓表は直接にかかわらないということがある。これも今後どういうふうにしていくのか。役所に届け出るときには漢字だけで届け出ればいいのですけれども,既に銀行とか郵便局とか税務署というのは片仮名を優先しているのですね。漢字は付録という感じなんです。そういうことで世の中は次第に片仮名という形も一方であるものですから,新常用漢字表ということを考えていくときに,字体と音訓ということも併せて考えないといけないだろうなと思っております。

○沖森委員
 私は,大学で日本語の歴史を専門に教えております。私も古い時代の漢字の専門ではありますけれども,今更のことではありますが,漢字というのは正に中国の文字だという,この基本をまず押さえておかないといけないなと思う点がございます。
 それは,今のお話の訓の問題です。例えば,日本語の「あける」というような言葉がありますけれども,「穴をあける」,「すき間をあける」など「あける」は一杯あります。日本語は「あける」ですが,漢字で書く場合には,その書き分けをしなければいけない。つまり,書くときに中国語の意味区分を日本語の中で書き分けなければいけないという,こういう問題を常に背負っております。
 それと,もう一つは,漢字の持っている本来の意義というのは一体何かという,これも非常に難しい問題だと私は思います。中国語に対応できるものもあれば,対応しにくいものもある。ですから,漢字の字義と一言で申しましても,非常に難しいものがあります。そのために,国字とか国訓とか,日本語の中で作られた漢字とか訓とかというようなものも出てまいります。  こういう表記の問題と,日本語の中における語彙の問題とは非常に大きな関係を持っていると思っております。つまり,漢語(漢字音)で書く言葉と,訓で書く―これは和語,日本の固有語ですけれども,これで書く場合の漢字とは,本来相当に性格が異なっているということがまずないといけないと思います。
それから,今,問題になっておりましたけれども,訓をもって,漢字の字義が分かる,これはそのとおりでして,要するに漢字の字義を日本語で理解する,英語のスペル,例えば“book”,これを“本”だと理解するのと同じようなものですけれども,そういう語彙と文字,あるいは漢字の表記の問題というのは,これは避けて通れない。漢字は表意文字でありますので,日本語の中でも,十分にその意味が分かるという,この利点はございます。けれども,逆に言えば,その漢字の持っている字義に対応できるか,あるいはどの字を日本語の中で対応させるのか,これは,非常に難しい問題があります。また,いわゆる漢語の中にも本来の漢字表記とそうでない表記,これは前田主査の御専門でございますけれども,その問題が現代においてはますます分かりにくくなっている。これを整理しなければいけないとすると,非常に大変なことです。一つ言えますことは,やはり今後の日本を考えていくときに,国際化の問題と,文化伝統を守るという,この二つの大きな柱の中で,そのバランスを保っていかなければいけないのではないかなと思います。これは,もう多分どなたも御賛成いただけることだと思うのですが,そういう意味で言えば,なるべく漢字の数は少なくするという方向に持っていって,「書ける漢字」と「読めて分かる漢字」「選択すればいい漢字」というふうに分けていかないと議論がなかなか見えてこないのではないかというふうに思っております。
 この参考資料1「国語分科会漢字小委員会における今期の審議について」の中に書かれておりますような,漢字の中に,幾つかレベルを設けるという考え方は,もう避けて通れないのではないかという感想を持っております。先ほど,昭和17年の「標準漢字表」の中に常用漢字と準常用漢字という考え方があったと,説明がありましたが,私はこういう考え方を進めていく方が,今後の日本の表記というのを考えていく上では有用ではないかなと思っております。

○前田主査
 今日は結論を出す会議ではございませんので,今まで問題となったことは,引き続いてこれからの漢字小委員会で討議されていきますし,またその折にも御発言をいただけたらと思います。それでは,本日の議論は,ここで終わりにしたいと思います。
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