令和3年度文化庁映画賞について

文化庁では,我が国の映画芸術の向上とその発展に資するため,文化庁映画賞として,優れた文化記録映画作品(文化記録映画部門)及び永年にわたり日本映画を支えてこられた方々(映画功労部門)に対する顕彰を実施しています。

文化記録映画部門では,選考委員会における審査結果に基づき,次の3作品(文化記録映画優秀賞3作品)を受賞作品として決定しました。各作品の製作団体に対して,賞状及び賞金(文化記録映画優秀賞100万円)が贈られます。

また,映画功労部門についても次の6名の方が受賞者として決定し,文化庁長官から賞状が贈られます。

【贈呈式】

日程:令和3年11月2日(火)

【受賞記念上映会】

<文化記録映画部門受賞作品>

日時 令和3年11月6日(土)
会場 スペースFS汐留

【令和3年度文化庁映画賞受賞一覧】

【文化記録映画部門】

文化記録映画
優秀賞
作品名 きこえなかったあの日
製作者名 今村 彩子
作品名 二重のまち/交代地のうたを編む
製作者名 小森はるか+瀬尾夏美
作品名 夜明け前のうた 消された沖縄の障害者
製作者名 原 義和

(作品名50音順)

○文化記録映画部門贈賞理由

『きこえなかったあの日』監督:今村彩子2021年/116分
本作は、自身も耳が聞こえない監督が、被災地や仮設住宅で生きるろう・難聴者とその家族や、ボランティアとの長年の交流を、監督自らの手話インタビューで記録した作品。映し出される繊細な手の動きと豊かな表情、それを翻訳する字幕に接するうちに、ろう文化の内側に入り込んで作品を見ているかのような印象が生まれ、作品への共感が高まる。私たちの身近にあるろう文化の豊かさを生き生きと伝えると共に、災害に強い共生社会を構築するための課題にも触れた秀作。
(板倉史明)
『二重のまち/交代地のうたを編む』監督:小森はるか+瀬尾夏美2019年/79分
東日本大震災の被災体験を、よそからきた若者たちが聞き取り語りなおすという実験的なワークショップを通して、被災地の軌跡と参加者たちの心の成長物語を描く。土地のかさ上げによって見えなくなったかつての風景や暮らしを想像の目と言葉を通して生き継がせる活動は、歴史継承のみならず、多様化する社会における共生とコミュニケーションの問題に指針を示す。展示、出版、パフォーマンスに広がる現代的な映像表現である。
(藤岡朝子)
『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』監督:原義和2020年/97分
精神障がい者の「私宅監置」という埋もれていた歴史を掘り起こし、沖縄の人たちが払ってきた犠牲を炙り出した丹念な取材に敬服する。さらに“顔出し+実名”にこだわり一人ひとりの人生に寄り添う手法は彼らへの鎮魂歌でありながら、我々の中にある根深き差別や偏見を気付かせ、簡単に人を排除してきた日本社会への痛烈な批判が込められている。SDGsが盛んに叫ばれている今、その前に私たちには向き合わなければならない現実がここにある
(中山治美)

※()内は執筆した選考委員名

【映画功労部門】

氏名 分野
小野寺桂子(おのでらけいこ) 映画編集
佐々木原保志(ささきばらやすし) 撮影監督
鈴村髙正(すずむらたかまさ) 映画美術
千蔵(ちくらゆたか) アニメーション編集
一郎(ほしいちろう) 映画録音
村瀬継蔵(むらせけいぞう) 特殊美術造形

(敬称略・氏名50音順)

○映画功労部門受賞者功績

小野寺桂子(おのでらけいこ)
映画編集者の岡安肇氏に師事、昭和53年よりネガ編集者としてアニメーション作品の編集を中心に活動を始める。りんたろう監督『カムイの剣』(昭60)杉井ギサブロー監督『紫式部 源氏物語』(昭62)をはじめ、実写も含めた多数の作品に参加。日本のネガ編集者が減少していく中で、後進の指導にあたった。平成2年より編集者として活躍の場を広げ、デジタル編集への移行期には、機材の情報を共有する勉強会メンバーとして立ち上げから参加。永年にわたり、映画・テレビ・アニメーション・ドキュメンタリーなど、幅広いジャンルを手がける。主な作品に『ちびまる子ちゃん』(平2)、『かいけつゾロリZZのひみつ』(平29)など。日本映画・テレビ編集協会創立時より総会議長を務めるなど、分野に貢献してきた。
佐々木原保志(ささきばらやすし)
日活芸能テレビ(株)を経て、日活撮影所で映画撮影のキャリアをスタート。昭和49年フリーとなり、これまで約70本の多彩な作品の撮影を担当してきた。主な作品に北野武監督『その男、凶暴につき』(平1)、石井隆監督『死んでもいい』(平4)、竹中直人監督『サヨナラCOLOR』(平17)、土井裕泰監督『ハナミズキ』(平22)など多数。撮影助手の育成にも努め、同人のもとから多くの撮影者が輩出された。現在も多くの作品を手がける一方、平成17年より大阪芸術大学教授として、後進の育成にも貢献している。日本映画撮影監督協会では永らく副理事長を務め、機関誌「映画撮影」の編集長としても活躍するなど、多方面の活躍により分野の発展に尽力してきた。
鈴村髙正(すずむらたかまさ)
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業後、昭和53年テレビドラマ「飢餓海峡」にフリーの小道具として参加。昭和62年(株)京映アーツの立ち上げメンバーとなり、平成6年同社代表取締役社長に就任。日米合作映画リドリー・スコット監督『ブラック・レイン』(平1)を皮切りに多数の作品に携わる。幅広いジャンルの作品に参加した経験から得た知識、高い技術力から生み出される仕事は高い評価を得ており、数々の映画作品を支えてきた。代表作は周防正行監督『それでもボクはやってない』(平19)、降旗康男監督『あなたへ』(平24)、中山節夫監督『野球部員、演劇の舞台に立つ!』(平30)など。映像美術・装飾・小道具の技術継承、後進の育成にも尽力してきた。
千蔵豊(ちくらゆたか)
昭和30年東映京都撮影所に編集係として入社。昭和38年東映動画(株)(現・東映アニメーション(株))で本格的にはじまるテレビシリーズ「狼少年ケン」の編集のため出向し、編集システムの整備、新人の育成を行う。その後、高畑勲監督『太陽の王子 ホルスの大冒険』(昭43)、矢吹公郎監督『長靴をはいた猫』(昭44)など数多くの東映動画の名作に参加する。昭和48年には東映動画の編集・録音業務を分離独立させた子会社(株)タバックへ出向、昭和62年同社取締役に就任。黎明期よりテレビアニメ―ションにも力を発揮。監督や演出家の意図するイメージを的確に受け止め、質の高い作品にまとめあげる編集技術は高く評価されており、日本を代表するアニメーション制作の現場を支え、編集技術の向上、後進の指導や技術の継承にも尽力するなど、分野の発展に貢献してきた。
一郎(ほしいちろう)
昭和33年アオイスタジオ(株)へ入社、24歳で録音技師。以降、約2700本に及ぶ映画、テレビ作品に参加し録音や整音を手がける。平成5年よりフリーとなり、現在は(株)スリーエス特別顧問。「鉄腕アトム」(昭38~昭41)に助手として参加し、市川崑監督『東京オリンピック』(昭40)で毎日映画コンクール録音賞を“井上俊彦をはじめとする記録映画「東京オリンピック」録音グループ”として共同受賞。撮影と録音の同期が困難な時代から同時録音にこだわり、現場での録音から仕上げまでを一貫して行ってきた。主な作品に『薄化粧』(昭60)、『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』(令2)など。永らく映画録音に携わる一方、黎明期よりテレビ映画でも活躍。多くの後進を育て、現在も現役の録音技師として分野に貢献している
村瀬継蔵(むらせけいぞう)
昭和33年に造形助手として東宝(株)に入社し、特殊技術課、特殊美術として円谷英二特技監督とともに『大怪獣バラン』(昭33)に携わり、以降本多猪四郎監督『モスラ』(昭36)、湯浅憲明監督『大怪獣ガメラ』(昭40)など多数の作品に参加。昭和41年造形会社(株)エキスプロダクションを共同設立後、ガメラシリーズや円谷特技プロダクション製作「快獣ブースカ」(昭41~昭42)、東映製作『怪竜大決戦』(昭41)など、各社の特撮造形を横断的に手がけた。昭和47年(有)ツエニーを立ち上げて代表取締役を務め、深作欣二監督『里見八犬伝』(昭58)、実相寺昭雄監督『帝都物語』(昭63)などの大作で活躍。若手スタッフの指導にも尽力し、多くの後進を育成してきた功績も大きい。

【令和3年度文化庁映画賞選考委員】

【文化記録映画部門】

板倉史朗
神戸大学大学院国際文化学研究科准教授
塚田芳夫
公益社団法人映像文化製作者連盟名誉会長
冨田美香
国立映画アーカイブ主任研究員
中山治美
映画ジャーナリスト
原田健一
新潟大学人文学部フェロー
藤岡朝子
山形国際ドキュメンタリー映画祭理事

【映画功労部門】

石坂健治
日本映画大学教授・映画学部長
竹内公一
日本映画・テレビ美術監督協会理事長
谷川創平
東京藝術大学大学院映像研究科教授
野村正昭
映画評論家
氷川竜介
明治大学大学院特任教授

(敬称略・氏名50音順)

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