日本語教育研究協議会 第3分科会

関口:それでは,時間が押しておりますので,第3分科会をスタートさせていただきたいと思います。私,こちらを担当します国際日本語普及協会の関口と申します。よろしくお願いいたします。
私たち,学習者とともに学ぶ地域の日本語教室に携わっている者としまして,学習者へのアプローチ*1をどういうふうにしたらいいのだろうか,どんな教材がいいのかということに関しましていろいろ工夫されていらっしゃるかと思います。その中で今回,いくつかの事例の報告,あるいは教材の開発,それから教室運営の中で楽しいやり方等をお話していけたらと思います。そして,皆さんと一緒にできれば地域の日本語教室で楽しく,そして学習者がそこで何か今までよりも自分を表現できるようになって,地域で快適に生活ができたらいいなというふうに願っております。発表者の順番を,まず武蔵野市の杉澤さんから武蔵野の試みをやっていただきます。そして2番目に沢田先生の「あいうえおで日本」の教材開発のお話。そして3番目と4番目を国際日本語普及協会での試みということで進めていきたいと思います。それでは,早速杉澤さんにバトンタッチします。よろしくお願いします。

*1 アプローチ 対象に接近すること。接近の仕方。研究法。


杉澤:こんにちは。午前中,松本茂先生がコミュニケーションのお話をしてくださいましたけれども,そのときに,幾つかキーワード*1となる言葉,私たちの活動の中のキーワードとなる言葉がありました。一つは正解がない活動ということです。もう一つが,自分で考える作業をするということです。それからもう一つが,自分が地域に受け入れられているかどうかを確認できるという,その辺が松本茂先生がお話くださったコミュニケーションの中での話でダブる*2ところかなというふうに思います。今から紹介するんですが,私のレジュメは71ページになります。私自身は,先ほどもお話したんですが,日本語教育のプロパーではないんですね。どちかというと,国際理解教育とか,開発教育の方をずっと手がけてきておりまして,今,「教員ワークショップ」というところで学校の教員向けに参加型手法を導入しながら,教える活動ではなくて,気付きをどう生み出すかという活動をやっているところなんです。
その中で,幾つか日本語学習の場でも使えるなと思える手法があったものですから,それを2000年くらいから,日本語学習支援コーディネータという,日本語教育のプロ*3がいるんですが,その人たちと,あと伊藤シゲオさんとチームを組んで研究をしてきたものです。その中の幾つか,今日,二つを紹介したいと思うんです。時間がないので,ワークショップはできないので,本当に今日は紹介になってしまいますが,よろしくお願いします。 今日は,手法を二つ紹介するんですが,まず今日はたくさんいらっしゃったようですが,どういう方が来ていらっしゃるか,ちょっと見てみたいと思います。四択で言います。皆さんの立場はどういう立場ですか。1番,地域で日本語学習支援をしている人。2番,大学や日本語学校で日本語を教えている日本語教師。3番,全体として外国人支援をしていますという方。4,そのほか。例えば,外国人支援に興味があるので今日来ていますとか,三つ以外のそのほか。
じゃ,手を挙げてください。1番,地域で日本語学習支援をしている。大体3分の2くらいですね,はい,ありがとうございます。じゃ,2番,大学や日本語学校で日本語教師をしている。5分の1くらいですね。じゃ,全体として外国人支援をしている,幅広くやっていらっしゃる,お一人いらっしゃいます。では,そのほか,学習支援に興味があって来ました。いらっしゃいますね。
これは実は,部屋の四隅といって,四つを使って「はい,移動してください」とやりますね。そしてそれでは,地域で日本語学習を支援していらっしゃる,どちらでやっていらっしゃいますか。

*1 キーワード 文章の理解や問題解決の手がかりとなる語。索引となる語。
*2 ダブる ここでは,二重に重なること。
*3 プロ プロフェッショナルの略。それを職業として行うさま。専門的。


参加者:三重県の久居というところです。

杉澤:三重県で何年くらい。

参加者:三重県の久居市の国際交流協会の所属で週1回でございます。

杉澤:週1回やっていらっしゃる。長い間やっていらっしゃるんですか。

参加者:2年くらい。

杉澤:2年くらいやっていらっしゃる。はい,というふうに,各コーナー*1で「どういう活動をしていらっしゃいますか」と聞いてみたりします。次に,2番目,割愛していきますね。2番目に行きます。じゃ,「私は日本語学習の活動に携わっていて,もう楽しくてしょうがない」,「楽しくて楽しくてしょうがない」という方,手を挙げてください。何か,現状を反映していますね。「まあまあ楽しい」,手を挙げてください。今朝方の長官の話じゃないですけど,問題があるということに大分異を感じていらっしゃるという方でしょうか。「余り楽しくない」。「もうやめたいくらいだ」,いらっしゃいますね。それでは,なぜおやめになりたいか聞いてみましょう。どちらでも,なぜおやめになりたいの。

*1 コーナー 部屋などの隅


参加者:福島で活動しています。難しくて自分に向いていないかと。

杉澤:日本語を教えることが難しくて,自分に向いていないのかもしれないと思ってもうやめたいと思いながら,今日来ていらっしゃるんですよね。すばらしいですね。というように,実はこれ,動きますと,ここにどういう方たちが参加をしているのかということが,一目瞭然で見えます。それから,お一人ずつ特定しないで聞いていきますと,なぜそういうふうに考えているのかと,一人一人の考えていることが見えてきたりします。これはアイス・ブレーキング*1を使ったり,それから全体の参加者を知るというワークショップとして,そうですね,一番最初の顔合わせのときによく使ったりできます。今,日本語の学習の場ではこの部屋の四隅をこういう使い方をするんですね。先ほど,マイノリティ*2ゲームとかいろいろやりましたけど,ニイハオ*3の方たちこちら,グッドモーニング*4,じゃ,こちらの方おっしゃってください。

*1 アイス・ブレーキング 不特定の人が集まる場所で参加者間の緊張を解きほぐし,参加者がお互いに親しみをもち,主体的に学習に参加する雰囲気を作ることを狙いとした活動。
*2 マイノリティ (minority)少数。少数派。
*3 ニイハオ 中国語で「こんにちは」の意味。
*4 グットモーニング 英語で「おはようございます」の意味。


参加者:グッドモーニング。

杉澤:最後にこちらに来た方たちというのは,普段私たち,生活をしているいると,ほとんどマイノリティ言語でその人の言語をしゃべらないまま,全部終わってしまうということが多々ありますよね。一番最初のときに,その他ということを特に大切にして,一人一人から御自分の言語を吐き出してもらうというようなことをやります。そうすると,この教室にはどういう人たちが参加しているかというのが見えたりします。というように部屋の四隅というのは様々に使い分けることができます。グループ分けにもなりますね。体を動かしていきますので,全員何らかの形で参加をするということです。
じゃ,二つ目にいきます。これだけで30分くらいかかっちゃうので,時間がないので。そしてもう一つ御紹介したいのが,フォトランゲージという手法です。机の上に写真が乗っています。それではグループで写真をちょっと見てください。グループの皆さんで見てください。5枚あると思います。
それでは,実はこれ,全員で本当はやるんですけど,今日は時間がないので二つの課題を半分に分けてやりますが,こちらからこちらの方,5枚の中で私が最もこの写真に行きたいという写真を選んでください。5枚の写真がありますよね,最もこの写真が好きとか,この写真のところへ行きたいとか,こういう写真の状態になりたい。こちら半分のところは,最もいやだなという写真を選んでください。グループで話し合いをしてください。
はい,ごめんなさい。本当はもう少し時間をとりたいんですけれども,適当で結構です。じゃ,各グループで話し合いをして,「そうだね,これにしよう」というふうに決めます。1枚決めてください。
それでは,こちらのグループでそれを出していただいて,何を選んだか,そしてもう一人日本語ができるグループがあれば,どういう話し合いが行われて,なぜこれにしたかというのを話してください。じゃ,このグループ,どなたか,どれを選びましたか。

参加者:この皆さんが集まっているのを選びました。

杉澤:なぜでしょうか。

参加者:楽しそうというのと,この方が何かを見られて,それでほかの方もみんな聞いて,何かわいわいやっているところが。

杉澤:はい,楽しそうということですね。ではこちら。

参加者:御夫婦でお料理の前に座っていらっしゃる写真を選びました。

杉澤:なぜでしょう。

参加者:おいしそう。

杉澤:はい,ありがとうございます。これ,おもしろいでしょう。グループでやっていくと,グループごとにも考えが違ったりしますね。それからグループごとによって,今のように視点が全く違っていたりします。これを今,みんなでシェアリング*1をするんですが,そうすることによって一人一人の発想や考えや価値観が違うなということを共有化していくことができます。ほかの人たちは,なるほどそういう視点もあるなという新しい気づきをします。
これは,国際理解教育でやっているんですけれども,気づきをどうするかとか,違うものをどういうふうに順応しながら理解していけるのかという活動で,コミュニケーションのプロセスをどういうふうにつくるかというのをしています。じゃ,こちらで「これはいやだ」というのを選んでいただいたのを,じゃ,どうぞ。

*1 シェアリング ここでは,分かち合い,共有すること。


参加者:若い男の子が一人部屋にいる。これはすごく孤独で寂しくって,都会の象徴みたいなので。

杉澤:何か都会はいやだなという感じ,孤独そう。じゃ,どうでしょう,違う発想で。

参加者:真ん中の。

杉澤:じゃ,どうしてそれを。

参加者:殺風景で笑っている人もいるし,寂しそう。

杉澤:ありがとうございます。これ,外国人,学習者をやりますと,すごく本当にばらばらになりますね。いつも家族と一緒だから一人になりたいとか,いろいろ出てきたりします。この活動をすると,学習者の本当に言葉が拾い挙げられたりして,その人のバック*1にあるものが,実はこの活動で見えてきたりします。これを選んだ方いらっしゃいますか。

*1 バック バックボーンの略。人の生き方・信条などを貫いてゆるがないもの。


参加者:はい。

杉澤:好き。

参加者:嫌い。

杉澤:嫌い,なぜですか。

参加者:犬が嫌いだから。

杉澤:ああ,犬が嫌いだから,この写真どこかで見た人いませんか。実はこれ私です。一番嫌われた写真。例えばこの写真1枚を使って,これは何をしていますか。どこですか。というふうにグループでお話をしていると,これまで一番おもしろい反応は,「これは犬ではない,着ぐるみです。中に人がいます。電話がかかってくると電話に出ます。そしてすぐ切ります。これが本当のワン切り*1です」というのが一番面白かったですね,こういうワーク*2をしたときにですね。
あと,「この指はあっちへいけ」と言っている。こっちにはお父さんがいる。「私はここを掃除します。あっちへ行きなさい」。「お父さんに見てもらいなさい」。とか,この写真以外のところに世界が広がっていくということですね。これはフォトランゲージの最もシンプル*3な基本の形です。
そうすると,これは日本人,小学生とか中学にやるよりも,日本語学習者とやった方がおもしろいんです。本当に文化が違うとか,発想が違う,今まで生きてきた背景が違うことがもろに出ますね。おもしろい多様な意見が出てくるんです。ということで,日本語学習の場も,逆にボランティアの私たちが様々な文化の違いや視点の違いを楽しませてもらえるというのがそのまま活動に入らせてくれているというので,最後にまとめさせていただくと,このレジュメに書いてあるんですけれど,真ん中辺に参加型の学習の手法の導入のポイントで,一つは正解があるわけではないんです。コミュニケーションのプロセスをどうつくるかということですので,正解を求めない。参加者がどんな考えを持ってどんな視点を持っているのかということを知るということが重要なんです。日本語教師ではなくて,そのときはファシリテータとして,その人たちの持っているものをどういうふうに雰囲気よく引き出していけるかという,緊張したままだと,自分の意見がなかなか言えないので,アイス・ブレーキングしながら考えをどう引き出すかということですね。
それから,この活動には日本語のボランティアが一緒になってやります。これは対等にできるんですね。そこの日本語の活用の中で学習者は日本語のボランティアの人が発音するのを聞いて,それをまた獲得していくというプロセスもその中に含まれているということも見えてきています。ですので,ボランティアさんも同じように自分の言葉で自分の意見を言っていく。それから,同じように学習者も支援者も同様に自分の考えを話すというのがポイントです。
今のように,部屋の四隅はそこにあるように,四つの隅を使って「はい」「いいえ」「ときどき」「分からない」とかいうように設定して動いてもらうというのがあります。
フォトランゲージの方は,そこに書いてあるとおりなんですが,ねらいとしては,想像するという活動の中から,他者への共感を高めていくというのが,ここに書いてある中で一番大きなねらいなんですが,それから,物事の多様な考え方に気づくということで,無意識のうちにこういう活動の中から自分自身が持っている固定的な観念や概念というものに気づいていくということがねらいです。この辺をうまく取り入れていただいて,活動を対等の人間関係づくりにはならないかもしれないのですが,その一端をつくっていっていただければ幸いかなと思います。
参加型学習については,そこにある「わーい!外国人が教室にやってきた」の中にまとめられていますので,もし御希望の方は,ピンクの申し込み用紙があるので,御購入していただければ幸いです。ありがとうございました。これは私たちの協会のボランティアの全部写真なんです。ボランティアが全部写っている写真なものですから,ちょっと回収させていただいていいですか。

*1 ワン切り 電話をかけ,呼び出し音を1回だけならして,電話を切ること。
*2 ワーク 仕事。作業。
*3 シンプル 単純なさま。簡単なさま。


関口:ありがとうございました。引き続いて沢田先生のお話に入りたいと思います。よろしくお願いします。

沢田:皆さん,こんにちは。沢田幸子と申します。どうぞよろしくお願いいたします。私は,仕事は日本語教師をやっておりまして,大学とか,専門学校とか企業なんかで,外国の人に日本語を教えております。その一方で,大阪の方で地域識字日本語交流教室のコーディネータをしてしております。
今日は,その地域の日本語教室で私たちボランティアが作った教材,この「あいうえおで日本語」という教材なんですけれども,これを皆さんに御紹介したいと思います。今日お話したいことは二つです。
一つは,私たちがこの教室をつくるに当たって,どういうことを目指したか,考えたかということです。それから,もう一つは実際にこの教材がどういう内容でどういうふうに使っていただければいいのか,どういうふうに使ってもらうかということ,その内容について,お話したいと思います。
まず初めに,この教材づくりのきっかけなんですけれども,大阪市では,平成9年から11年の3年間,文化庁委嘱事業の地域日本語教育事業というのが実施されましたんですけれども,その後も引き続いて識字日本語活動の推進のためにいろいろな取り組みがなされています。その中の一つの事業として,大阪市の教育委員会の方から教材を作ってみないかというふうに声をかけられました。そのとき私は,大阪の阿倍野というところにあります阿倍野日本語読み書き教室というところのコーディネータをしていたんですけれども,こういうふうな依頼を受けまして教室のボランティアの人たちに,「どう,作ってみない」というふうに呼びかけたんですね。そうすると7人もの人が「じゃ,やりましょう」ということで,手を挙げてくれたわけです。手を挙げてくれたというか,私がもう「やれへん」「やれへん」「やれへん」としつこく迫ったものですから,いずれにしても7人が集まったわけですね。
もちろん,私がそういうふうにみんなにしつこく呼びかけたということもあるんですけれども,集まりました私を含めて8人が,じゃ日本語の教材,こういう地域の教室で使う教材を作ってみようかなと思った背景には,大きく二つ理由があったと思うんですね。一つはその日本語ボランティア活動を通じて,いろんな教室で教材とか,自分で作った教材テキスト,そういうものを使って活動していたわけなんですけれども,なかなかいい教材,そういう教室で使える教材というのがないなと感じていたわけです。
皆さんもいろいろ工夫なさって市販のテキストを使ったり,自分で何かコピーしてきたりして,いろいろな工夫をなさっていると思うんですけれども,こういう市販のテキストというのは,御存じのように,ほとんどが日本語教師が日本語教育機関で,教えるために作られたテキストなわけですから,地域の日本語教室の実情にはなかなか合わないんですね。何かやっていても使い方も難しいし,ボランティアの立場からいくと難しいし,すごく分厚いのがあってどういうふうに教えたらいいか分からないというようなこともあって,もっと何かいい教材,いい方法がないかなという思いがみんなの気持ちの中にあったというのが一つですね。
それから,もう一つ,これはみんなというよりも,私が非常に強く感じていたことなんですけれども,私はボランティア養成講座というようなところで,ボランティアの皆さんにいろいろお話する機会も実は多かったんですね。そういう教室で,今回の大会でも皆さんお聞きなったと思うんですけれども,地域の日本語教室の学習支援というものは,先生と学生,つまり教える側と教えられる側というようなそういう活動,関係ではなくて,ともにお互いに学び合う,あるいはお互いの文化を理解しながら,そういう多文化の共生をしていくというのがすごく大切なんだということを言うわけですね。そうすると,受講者の方なんかは,「ふんふんとよう分かった」というふうに聞いていただくんですけれども,その後でこういうことをおっしゃるわけですね。共同学習をすることが大切だということもよう分かった。多文化共生の視点,あるいは「異文化理解ということが重要だということもよく分かった」。「そやけど,そしたらそういう共同学習が具体的に実現できるような学習支援の方法は沢田さん,何ですか」。そういうのをちょっと教えて欲しい。つまり理念が分かってOKやけども具体策を示せということだと思うんですね。
そういうふうに私が講座でお話をしていることもあって,そういう皆さんからの声を聞いて,ここはぜひそういうお互いに学び合うような,共同学習が可能になるような素材教材というのを作ってみたいなというふうに強く思った。いい教材がないということと,共同学習とか,そういう地域の日本語教室の理念に合った教材を作ってみたいという,こういう思いがこの2点が教材作りのスタートにあったわけです。8人が集まって,じゃ,どんな教材を作ろうかということで,いろいろ相談したんですけれども,実に様々な意見が出まして,これを決めるだけでも3か月くらいかかったんですけれども,その中で,私たちが行き着いたところというのが,皆さんのお手元のレジュメの64ページを見ていただいたらいいんですけれども,私たちは,こういうふうに考えたんですね。つまり,このテキストを作るに当たって,目指すところは何なんだろうかというふうに考えました。例えば,学習者に日本語を教えている。「じゃ,ここを見て一緒に練習しましょう。ちょっと言ってみてください」というようなテキストではない。
それから,もう一つ日本語で何かができるようになる。例えば病気のときに病院へ行って症状が説明できるとか,あるいは美容院へ行って髪を切るときにどういうふうに言ったらいいかとか,そういう非常に学習者の人には切実な問題ですよね,毎日の生活の中ですごく困っている場面でもあるわけですから,そういう生活課題というのを解決するというのは,非常に重要な問題ではあるんだけれども,私たちはそれを,実は目指さなかったんです。
初めには,やはりそれが一番求められているものと違うかなと,それで学習者の人でも「こういうとき,どう言うたらいいんですか」というような質問をよく受けますのでね,そういう会話集を作ろうという話もあったんですね。スーパーへ行って魚を3枚におろしてもらいたいときにどう言うのだろうとか,買ったものを取りかえてもらうときにはどういうふうに言ったらええやろというふうなことで,そういう会話集を作ろうという話も実はあったんですけれども,議論を深めていく中で,私たちはこういうふうに考えたんです。
もちろんそれができると非常に生活上,楽になるだろう,便利だろうと思うんですけれども,そういう困った状態になったときに,それを助けてもらう方法というのがやはり教えてあげるのがいいんじゃないか。そして平たく言いますと,助けてもらえるような親しい日本人,親しい友達,そういうのがもしあれば,かなりこの問題は解決できるんじゃない,その親しい友達をつくるということの方にこのテキストは,その目指すところを持っていこうというふうに考えました。
現に,阿倍野の教室なんかで活動しているのを見ると,例えば活動中に学習者が自分の子供に絵本が買いたいんだけれども,本屋に行ったこともないし,どういうふうにして買ったらいいか分からないというふうにボランティアに言いますと,ボランティアの人は必ず,「じゃ,今日帰りに天王寺の本屋に一緒に行って見ようよ」ということになるわけですね。そうするとそこでサポートが得られるわけです。そういうふうな人間をたくさん自分の周りに持っていると,かなり生活がしやすくなるんじゃないか,そういう環境をつくるためのテキストにしようというふうに私たちは考えました。
それから,もう一つ付け加えると,そのときに,既にAJALTさんが生活場面でのそういう日本語の素材というのを作っていらっしゃるという情報をいち早くキャッチ*1いたしまして,じゃそういうテキストができるんなら,私たちは違うものを作ってみようというふうに思ったわけです。
そこで考えたことは,おしゃべりしながら,そこに書いておりますけれども,お互いのことを知ったり,日本語の言葉や言い方を覚えられるような,何か素材,教材を作りたい。ここがみそなんです。単に何かおしゃべりで言いっぱなしじゃなくて,その日本語の言葉,言い方をその中で獲得していけるような仕掛けというのを考えたいと思ったんですね。この部分に私は,日本語ボランティアの本領が発揮できる部分があるんじゃないかというふうに考えました。
それから,日々の生活の中で,ボランティアと学習者が新しい発見をしたり,人間関係を築いていく。つまり「へえ,そうなん,私の国ではね」とか「私の家ではね」というような話をしながら共感を持ったり,あるいは異文化を感じたり「でも,やはり同じこともあるんだよね」というようなやり取りがなされて,より二人が,あるいはボランティアと私たち学習者が深い関係,人間関係が築いていけるようなきっかけになるような素材,教材を作りたいというふうに考えてそこを目指すところにしました。
私たちはそういう活動を日本語を媒体とした交流活動というふうに呼ぶことにしました。この交流というのは,例えば相手の国のお料理を持ち寄って一緒に食べましょうというのも一つの交流だと思いますし,国の歌を教えてもらうということも交流だと思うんですけれども,ここで言う交流というのは,日本語の学習活動そのものが交流になっているというようなイメージの交流活動というふうに私たちは考えました。
じゃ,具体的にはどんな教材が欲しいんだろうね,どういう教材にしようかということで,そこに幾つか挙げましたけれども,大変欲張っていろんなことを考えて,それを目指したわけです。一つは,ボランティアと学習者が一緒に考えたりしゃべったりするのに役立つ教材,こういう教材が欲しい。あるいは,地域識字日本語教室の形態とか実情に合った教材,大抵の教室は週1回くらい,1時間半から2時間くらいの活動であると思うんですね。教室,クラススタイル*2で活動なさっているところもあると思いますけれども,ほとんどが1対1とか,1対2という少人数のグループで活動するわけですから,そういう形態に合った教材が欲しい。それから,やはりおもしろくなければ,こういう活動というのは続きませんし,楽しいことが私は一番だと考えておりますので,学習者とかボランティアがともに興味・関心の持てる楽しい内容,平たく言うと,おしゃべりの楽しさに「時間を忘れちゃったわ」というようなことになればいいなというふうに考えました。

*1 キャッチ とらえること。つかまえること。
*2 クラススタイル 1人の教師が多数の学習者に教える学習形態。

  それから,もちろんこういう教室ですから,教材の中に異文化理解とか,あるいは多文化共生の視点というのも盛り込みたいと思いました。それから,地域色ということも考えました。やはり大阪ですから,大阪に住んでいる外国人の人対象の教室ですから,大阪色も盛り込みたい。それから,もう一つすごく考えたことは,日本語ボランティア活動の経験が浅い人でも使っていける教材を作りたいと思ったんですよ。そういう教材が欲しいと思ったんですね。皆さん,いろいろな動機でこういうボランティア活動,日本語ボランティアの活動に参加なさったと思うんですけれども,初めから「私は日本語を教えることを勉強したから,日本語を教えたい」というふうにかかわった方は少なくて,何かお手伝いがしたい,外国の人の助けになるようなことがしたいというふうに参加なさってくる方がほとんどだと思うんですね。そういう人たちでも,これを見れば「こういうふうに活動を進めていけばいいんだな」ということが分かるようなそういう教材を作りたい。そういう教材が欲しいというふうに考えたわけです。
こういう私たちの思いを実現すべく,いよいよ教材づくりに取り組んだわけですね。一気にもう教材ができたところに話が行っちゃうんですけれども,取り組んだ過程にはやっさもっさがありまして,浮かんでは消えた教材が,くず箱に行った教材が山のようにあるんですけれども,こういう教材にそれを形にしたということです。
「あいうえおで日本語」という教材なんですけれども,それでは,この教材の内容,それから,具体的にどういうふうに活動するかということについてお話したいと思います。この教材は,初めにそこの65ページに書いてありますように,対象となる学習者なんですけれども,これは地域の日本語教室には,皆さん御存じのようにいろんな人が行きますよね,背景も違うしニーズも違うし日本語の力も違うしということで。基本的には,どういう学習者とでも使えるということを考えました。使っていただけるということを目指しました。ただ1点,日本語がまだほとんど分からない。例えば1か月前に日本に来て,全然日本語がまだ分かりませんという方とか,本当に簡単な日本語しか話せませんという方との活動にはちょっと向いていないというか,難しいというふうに思います。つまり何とか片言でもいいけれども,自分のことが言えて,コミュニケーションが取れる。「昨日何をしましたか」と言ったら,それに答えられるというふうに,基本的なコミュニケーションができる学習者というのを想定しております。
それから,活動の形態については,先ほど言いましたように,これは大きなクラスで使うというようなことではなくて,週1回,1回限りの読み聞き型で,その日の活動が終わったらそれでおしまいというような活動,それから1対2とか1対3くらいの小さいグループで活動するということを想定して作りました。それから,このテキストには,もちろんというか,言葉の意味の説明とか,翻訳とか,あるいは文型の説明とか,そういうことが全然一切載せてありません。各国語の翻訳を載せるということも考えたんですけれども,それは非常に大変なことだし,私たちはこういうふうに考えたんですね。つまり何か言葉を覚えて,例えば皆さんよく御存じの「みんなの日本語」というような本があるんですけれども,エンジニア*1とか会社員とか銀行員とかいう言葉を覚えて,私は何々ですという言い方を覚えて「はい,じゃ言ってみましょう」「私はエンジニアです」「私は公務員です」とかいうふうなことじゃなくて,つまり初めに言葉を覚えてから話しましょうということではなくて,本来は何か話したいことがある。私はこの目の前にいる日本人にこれを言いたいんやということがあって,だからこの言葉が欲しい。この言い方を知りたいというふうになるんだろうと。そこをサポートするのが私たち日本語ボランティアの役割なんだろうというふうに思ったんですね。それで,このテキストでは,つまり欲しい言葉というのは学習者によって皆違うわけでしょう。主婦の人たちは野菜の名前を知りたいと思うだろうし,ビジネスマン*2だったら何か会社で使う言葉を知りたいと思うわけですから,それをそのときどきボランティアの人に聞いてもらって,ボランティアが一生懸命耳を傾けて,「そう,そう言うのよ」というふうなことでサポートして,自分の単語帳を作ってもらう,そういうふうに学習者にアドバイス*3をして欲しいというふうに考えております。
そして,4番目の活動の手引きというものですけれども,このテキストは実はこういうふうに二つありまして,こちらは学習者用なんです。これはボランティア用というふうになっています。何が違うかというと,こちらの方には活動の手引きというのをつけているんです。活動の手引きには,そのユニット*4でどういうことをするのか,つまりその活動のねらい,それから具体的な活動の手順,初めにこんなことを聞いてみてください。その次にこんなことを話してみてください。話がうまく展開していったら,こういう展開の仕方もありますよというふうな活動の手引きをつけています。

*1 エンジニア 技術者。技師。
*2 ビジネスマン 実業に携わる人。会社員。
*3 アドバイス 助言すること。
*4 ユニット 単元。単位。

  これを読んでいただくと,大体,こんな質問をして,こういうことを自分も話して相手から聞き出して,楽しくおしゃべりすればいいんだなということが分かるようになっています。ただ,これはマニュアルではありませんので,このとおりやれということではなくて,もちろんこれから外れてどんどん違う方向に向かってもOKというふうな形になっていますけれども,活動の手引きをつけております。
それでは,そのテキストの構成と内容なんですけれども,こういうペラペラの紙をお持ちでしょうか。このテキストの全体の構成なんですけれども,19のユニットというのを作りました。見ていただくと分かるんですが,じっくり見る時間はないので,またゆっくり見ていただきたいんですけれども,いろんなテーマ,できるだけいろんな分野の話題を集めたつもりです。料理の話あり,行事の話あり,あるいは交通機関の話あり,また現在に関するような話もありということで,いろんなトピックを集めました。
19のユニットというのは,ちょっと中途半端やなと思われるかもしれないのですが,実は,これは20まで一応予定したんですけれども,ユニット20は幻のユニットになりまして,テーマは結婚だったんですよ。ところが,かかわっている私たちが,もう結婚生活には既に夢をなくした人間ばっかりだったものですから,日の目を見なかったんですね。ぜひユニット20は,皆さんの,あなたが作るユニット20ということで,お作りいただきたいと思います。そういうふうに19のユニットがあります。
そして,それ以外に「ひとやすみ」というページを作っています。それはレジュメの方をちょっと見ていただきたいんですけれども,忙しくてごめんなさい。69ページ,このA4一枚のページなんですけれども,このページは役に立つ情報とか,短い時間で気軽におしゃべりできる話の種とか,クイズとかゲームというようなものをここに載せました。見ていただいている「カタカナランド」というのは,片仮名語を仕分けするというような活動なんですけれども,片仮名語というのは,なかなか外国の人にとって難しいところがあるみたいで,そういうことで片仮名語というのを身近に感じてもらおうということで,そういう「ひとやすみ」みというページがあります。
それから,それ以外にちょっと文法というページを巻末に載せました。それはちょっと皆さんのお手元にはないんですけれども,これは先ほど,言葉とか文型とかそういうことが先行するんじゃないということと矛盾するようなんですけれども,やはり学んでいる学習者の方たちというのは,ちゃんとした日本語を勉強したいというふうに言われる方が多いですね。特に生活の中で,耳で日本語を覚えた方たちは,体系的に日本語を見るというような機会はなかなか持つことができなくて,耳で覚えたんだけれども,それって何のことなのかというふうに思われるわけですね。そういう意味で,学習者も,それからかかわるボランティアも日本語を体系的に見る目というのを養っておけば,少し学習に便利かなということで,文法の入門編,これもクイズ形式にしてあるんですけれども,そういう文法に配慮したページも設けてあります。
巻末には,言葉ノートと活動記録というのをつけています。言葉ノートというのは,何のことはない,こういう単語帳なんですけれども,さっき言ったように,学習者が自分で単語帳を作るためのページですね。活動記録というのは,私たちボランティアの活動というのは,やはり積み上げていくということが私は大切だと思うんですね。そのときどきの活動の記録を残すことで,より良い活動,また新しい発見というのがあると思いますので,そういう活動記録をつけております。
では,その一つのユニットの構成,実際どのように活動を進めていくかということで,お話をしたいと思います。皆さんのレジュメの66ページ,これがちょうどユニット1に当たるところなんですけれども,ユニット1は「お名前は?」というタイトルがついておりまして,これは自己紹介というのがそのメインのテーマです。一つのユニットは,幾つかのトピックに分かれておりまして,そのトピックというのは,おしゃべりのためのいろいろな質問が書いてあります。こういうことを学習者の方に聞いてみてください。またボランティアの人が話してみてくださいというような,おしゃべりのためのいろいろな質問が書かれています。また写真があったり,資料,読む活動もたまにありますから,資料があったりというような形になっています。トピックで少し話をして,そのユニットの最後には,そのユニットで話したことを会話という形で,68ページですけれどもまとめてあります。自己紹介ですから会話の形になっていないんですけれども,この会話という欄を設けた理由は,教室で活動したトピック,いろいろ話し合ったことを,ぜひ教室外の世界とつなげて欲しいということで,そのときに役に立つようなモデル会話というのを載せてみました。そのことで教室だけでこの活動が収束しないで,外の世界とつながってくれたらいいなというふうに思っています。
例えば,食事の話をするというトピックがあるんですけれども,その後の会話は自分の作ったものを隣の奥さんにあげるというような会話になっています。そういうことをその会話のところに載せています。それから,実は文型というのを一つの課に二つくらいずつピックアップ*1して示してあります。これは先ほども言いましたように,ブロークンでも何でもいいから,とにかく私はおしゃべりを楽しむということが大事だと考えているんですけれども,その中で,毎回一つか二つくらい,「ああ,日本語でこういうふうに言うんだ」ということが明示されているということで,学習者の人の達成感,「今日はこの言い方を覚えた」「この言い方が分かった」ということにつながるかと思いましたので,文型というのを一つか二つ載せているというのが一つのユニットの構成です。
実際どういうふうにやっているかといいますと,そのユニット1のところを見ていただきますと,例えば,このユニットというのは,目的が自己紹介をするということなんですね。外国人の方たちというのは,自己紹介をするという機会というのが意外に多いみたいなんです。日本語教室に行ってもまず「自己紹介してください」と言われる。あるいはPTAに行っても「自己紹介してください」というふうに言われる。そういう中で,うまく自己紹介ができればいいなということで作ったユニットです。一番初めにある活動というのは,実はこれはお互いに紹介のカードを作るという活動なんですね。これの活動のポイントは,ボランティアは自分のペア*2になっている学習者の言語でカードを作るということです。つまり教えてもらうということなんですね。それも「書いて」というのでじゃなくて,書いたものをボランティア自身が写すんです。書いてもらったらあかんのです。書いてもらうんですけれども,それを自分で書くんです。これをやって,ボランティアの人から聞こえる声は,「そのまま書いたらええんやけど難しい」。そういうことがボランティアの方がよく言っています。相手がタイ人の人だったり,スリランカの人だったりするともう悲惨で,なんぼこのとおり書けと言われても書けないですね。そういうところから,つまり外国の人が文字を学習するというときには,そのまま書いたらいいのにと私たちは思うんだけれども,それがなかなか難しいことだということに気づくということがありますよね。
それと,学習者に教えてもらうわけですから,見ているとだんだん学習者の方の声が大きくなってくるんですね,「先生,違います」「違う」「発音違う」とか言って,大きくなってくるんですけれども,ここでつまりいつも何かボランティアの先生に「いつもありがとうございます」「教えてもらってありがとうございます」という学習者が多いんですけれども,「ノー」と言える学習者をここでもう作っちゃうわけですね。先生に「だめだ」というふうに言える関係,そういうことを意図しながらこういう活動をしていただく。
そして,右のページでは,自分の名前について語るというのがメインです。名前というのは,それぞれつけた親とかその名づけた人たちの思いというのが込められているわけですから,そういうことをお互いに話してもらうということになります。こういう活動をしているときにも,何かいろいろおもしろいことが発展的に出てくるようです。私が一緒にやった韓国の女性はリ・チュンハさんっていったんですが,春の花と書いてとてもきれいな名前でしょ。「きれいな名前だね」って言うと,自分はこの名前がすごく嫌いだったんですって,音が。でも日本へ来ると,「みんながいい名前だ,きれいな名前だって言うからとても好きになりました」みたいな話がありましたけれども,そういうふうなことを話しながら自分の名前について語る。そしてその後は自己紹介ですね。これはお互いにボランティアも学習者も好きだとか嫌い,こんなことが好きだというふうなことを話し合うわけです。好きですというところなんかは,日本人はほとんど映画が好きですと,旅行が好きです,読書が好きですで終始する方が多いんですけれども,外国の人たちはもっといろんなバラエティ*3に飛んだ好きですというのを話してくれますね。
その次のページのトピック3というのは,これはちょっと異文化を意識した部分なんですけれども,初めて対面した人と適当な話題を選んで会話を展開していくというのはなかなか難しいことだと思います。特に文化が違う人というのは難しいんですけれども,そういうところで初めて会った人とどんな話しをしたらOKなのか,してはいけない話なんかあるのかなということで作ったトピックです。
学習者の方から,アメリカ人ですけど,日本人は「おはよう」と一言言っただけで,「あなたは日本語が上手だ」「上手だ」「どこで勉強したんだ」というふうに聞かれると。すごくいやな気持ちがするというふうに言われたことがあるんですけれども,そういうふうなステレオタイプ的な見方というのに気付くこともあるかと思います。
そういうふうに,ここに書かれている質問というのを学習者に投げかけながら,そこからいろいろ発生させて,ああでもない,こうでもないとか,ああなんだ,そうなんだと言いながら学習を進めていくわけですね。その中で,学習者というのは,自分に必要な言葉とか,自分に必要な言い方というのを必ず拾い上げていく。これは覚えておいた方が便利だと思えばそれをノートに書きとめていく。そういうことをサポートするというのが日本語ボランティアの一つの大きなやり方というか,役目じゃないかなというふうに思っています。
ちょっともう時間が越してしまいましたので,私たちはそういうことを目指して,こういうテキストを作りました。地域の日本語教室での活動の一つのやり方として提案したいと思っています。また皆さん,お使いになって,御意見がありましたら,聞かせていただきましたら,作ったものにとりましてもとても勉強になるし,これからの励みになると思いますので,機会がありましたら,また御覧ください。どうもありがとうございました。

*1 ピックアップ 拾い上げること。選び出すこと。
*2 ペア 二人で一組になること。
*3 バラエティ 種種様々であること。変化のあること。


関口:これはどこで購入できますでしょうか。

沢田:まず,大阪の識字日本語センターというのがあるんですけれども,そこのホームページで公開されております。ですから,皆さんパソコンをお使いになる方は,識字日本語センターのところを開けてダウンロード*1ができると思います。それから,初めに刷りましたものは,ちょっともう品切れというか,少なくなっているみたいですけれども,また増刷されて皆様のお手元に,御希望の方には届くようになると思いますが,大阪市の教育委員会の方にお問い合わせいただければいいんじゃないかと思います。よろしくお願いいたします。

*1 ダウンロード インターネットから,情報を自分の端末に転送すること。


関口:お幾らですか。

参加者:大阪市立総合生涯学習センターの方で販売という形,値段は500円以内という形にできればと思っています。年明けくらいに,手に入るようにできればと思っておりますので。

関口:ありがとうございました。ということですので,ぜひまたその方向で御興味のある方は御連絡なさってください。それでは,次に国際日本語普及協会の梶川の方にマイクを渡します。

梶川:初めまして,梶川と申します。今日は,皆さんと御一緒にTPRという学習方法と,それからVT法*1,これは発音の指導法なんですが,そのことについてちょっと御報告をする時間ということになっておりますが,皆様のお持ちのレジュメの方では62ページになっております。ただ,それはTPRだけでも4時間,VT法だけでも5時間とかかるので,今,多分残された時間は,20分くらないんですけれども,それで皆様に何か一つだけでも持って帰っていただくということは奇跡に近いことなんですね。でも,何かできれば一つでも,これは使えるかもしれないということで,持って帰っていただければ,すごく自分が幸せだなというふうに思います。
まず,皆さん,お疲れではありませんか。ちょっとお疲れですよね。では,まず私がこれから御紹介しますのは,自分で日本語教室を始めたのは,品川の国際救援センターというところで,インドシナの難民の方たちが本当に日本語学習経験も日本語力もゼロでスタートする日本語教室だったんですけれども,とにかく耳も悪く,悪くというか日本語の音がキャッチできない。それから文法を体系的に学習したことのない,自分の母語もベトナム語をそのままスルスルと覚えてしまったわけですから,なので,座って日本語の絵カードとかを見せられて,それを合唱するのも合唱する。リピート*2しているけどつらいというような学習者の中にあって,何とかしてあげたい。あなた方が3か月勉強して外に出て行ったら大変なことになるのよというような中で,何かしたいということで,当時主任だった日本語普及協会の岩見という主任教師から何か考えろというふうに言われて,みんなで考えたわけです。
発音練習に関しては,いろんなものを考えました。ウエハースを使った指導,要するに舌がこの上あごのどこに着くかということで,例えば「ら」と「な」の発音が悪いときは,ちょうど「な」のところにウエハースをくっつけて,それで「な」と言って,舌にくっついてきたら,それが正しいとかっていうのもあったりして,ところが実際には,食べちゃったりとか,ここにどうもなんかうまくひっついていなくて,くっつけるだけでも異常な時間がかかってしまうというので,いろいろなことがあって,それでベトナム人の発音というのは,全部「エー」というような,詰まったような,緊張感の高い音だったので,何とかリラックス*3して「アー」というきれいな「アー」が出るように,母音だけでもきれいにしようと思っていて,スプーンを持っていって「もっと口を開けるのよ」とか言うと,怖がっちゃって口を開かないとか,こちらが愛を持って接しているんですけれども,怖がらせてどうするみたいなことがいろいろあって,結局ベルボ・トナルで落ち着いて,こちら1年勉強して持って帰って,ということの御報告。

*1 VT法 =ベルボ・トナル法。言調聴覚法。
*2 リピート 繰り返すこと。反復。
*3 リラックス 精神や肉体の緊張をほぐすこと。くつろくごと。

  それからTPRの方に関しては,とにかく文法的にほとんど学習するということが苦手ということも一つあり,それから音に慣れる,まず初めに音に慣れてもらいたいという気持ちが強かったんです。まずこのTPRというのは,トータル・フィジカル・レスポンス。そちらに書いておきました。全身反応何とかかんとかという,聞くと怖いんですけれども,そんな怖いものではないので,要はそのジェームズ・アッシャーという人が,1970年代くらいでしょうか,自分の子供がどうやって言葉を学んでいって,そして話せるようになったのかなということを心理学者の目で見て,ああこういうふうに話せるようになっているんだ,これを言語教育に持ってきたらどうだろうかということで始まったものです。
ちょっとやってみましょうか。皆さんがゼロスタート,初めて日本語を聞くとしますね。ちょっと首を右に曲げてください。首,首,曲げてください。首,首,曲げてください。右,右って,誰も絶対できませんよ。皆さんやっていますけど,まず絶対できないですね。首,首,首,首,首,曲げて,曲げて,カンさんですか。カンさん,右に曲げます。曲げてください。キンさんも曲げてください。曲げます。はいまっすぐとか言いながら,皆さん,お疲れだと思いますので,ちょっと体操しましょうか,立って。
はい,立ってくださいと言っても絶対立てないですよね。分からないですから立てないです。なので,私たちが一緒に立ちます。はい立ちます。立ってください。立ってください。立ってください。立って,立って,立ってください。立ってください。手,手,手なんて言っても,みんなボーッとしているので,手,手,これはもう強引に,手を前へ,はい後ろ,もう一度前,後ろ。右手,右,右,右手前,後ろ,左手前へ,後ろ,横,下。ありがとうございました。座ってください。
というふうにして,先生の言っている指示,日本語を聞きながら,どんどん自分たちで動いていって,そのときに文法の説明とか何もないんですけれども,ここで何が行われているかといいますと,先生が何かやりながら,「ダイ」とか「タイ」とか言っているなというのを聞いて,自分が何でも覚えていく,そして動いているから,「わあわあ」とか言って,いろいろやってみて,こっちかなあっちかな,こうかな,当たったときに,先生が「そうです」と言って喜んでいるのを見て,「右」何とかいうのは,こういう行動なんだということを自分たちですり合わせていく。いわば聞こえてきた日本語の意味を類推していく過程の中で,たくさんの日本語をインプット*1と言っているんですけれども,もらって理解していく過程,それが大切なんです。
そこで,「はい,右手前」,「はい,リピート」なんてことはしないわけです。絶対しないでくださいというふうに言われています。なぜならば,まだ知識がこの中にたまっていないのに,無理やりに話して話してということは,それはもう学習者がかわいそうです。まだできないのに,無理やりに「話しなさい」「話しなさい」と言わなくても,話したくなったときに,話せるという自信が出たときに,必ず話せるようになりますよ。時期を待ってください。ということで,沈黙の時期を認めましょう。大切にしてあげましょうというふうに言われています。
それが二つの大きな柱なんですけれども,要するにもう一度まとめます。一つは,周りから聞こえている日本語をキャッチして,こういう意味かなと自分で意味を類推して行動してみる。その行動の現れがこちらで見ていて意味が合っているかどうかということのフィードバック*2になるわけですから,自分で確認する。そしてOKだったら,こういうふうになる。もう一つは,沈黙していてもいい。そのうち話せるようになります。ということを国際救援センターでしばらくの間,教科書を始める前に少しやっていた時期がありました。
ただ,私がよく分からなかったのは,例えば「立ってください」とか「座ってください」というのが言えるようになっても,それが日常の生活の中でどうつながっていくのかというのが長い間分からなかったですね。それで勝手に発展TPRというのを考えてみました。つまり普通のTPRというのは,何々してください,何々してください,何々しましょうというふうな指示文が中心になっているんですけれども,それだけだったら,人に向かって指示することしかできなくなっちゃうわけですね。ここまでいいですか。ここまで大丈夫,OKですね。
次に行きます。ということで発展TPRというのを考えてみました。例えば授業中にどういうことをするかというと,私,実はマン・ツー・マンの授業の方が長いものですから,一応マン・ツー・マンの授業のことも後で御説明しますが,ここにマン・ツー・マンのお話をするわけにいきませんので,今日は皆様に向かって大きくちょっとお話したいと思います。はい,これは何ですか。もしもし,あれは。

*1 インプット 入力。
*2 フィードバック 行動や反応の結果を参考にして,修正し,より適切なものにしていく仕組み。


参加者:パン屋。

梶川:パン屋なんですね。これは。

参加者:工場。

梶川:工場ですね。そしてこれは何ですか。

参加者:魚屋。

梶川:魚屋。はい,御協力ありがとうございます。できればもうちょっと大きい声でお願いします。ささやくような声じゃなくて大きい声でお願いします。これは。

参加者:レストラン。

梶川:レストラン,そうですね。こちらは。

参加者:病院。

梶川:病院ですね。OK。これだけ,時間がないのであわただしくて申しわけありません。では工場はどこですか。もうちょっと何か話せるようになっていると思うんですが。

参加者:あそこ。

梶川:あそこです。OK。本屋はどこですか。

参加者:あそこです。

梶川:あそこです。魚屋はどこですか。

参加者:あそこです。

梶川:レストランはどこですか。

参加者:あそこです。

梶川:OK。病院はどこですか。

参加者:あそこです。

梶川:はい,本屋はどこですか。

参加者:そこです。

梶川:そこです。言えるかななんて,確認したりするんですけど,それはまた別件で。ということで,「済みません,ナンさん,本屋に行ってください」,分からないですよね。「ナンさん,本屋に行って,本屋に行ってください」,「本屋に行って,本屋に行ってください」,「本屋に行ってください」。そうそうそうそう。「はい,ナンさん,本屋に行きます,本屋に行きます,本屋に行きました」。OK。
タンさんです。済みません,「タンさんは工場に行ってください,工場に行ってください」,この間,私は「工場に行きます,工場に行きます,行きます,工場に行きます,タンさんは工場に行きます」,「タンさん,工場に行きました」というふうに。じゃ,タンさん,部屋に帰ります。ここはタンさんのおうち。「はい,タンさん,うちに帰ります,帰ります,帰って,帰って」,早く帰ってください。「はい,帰ります,帰ります,帰ります。タンさんはうちち帰ります,帰ります,帰ります,帰りました」。
ナンさん,ごめんね,お待たせしました。「ナンさんも帰ります。帰ってください,帰ってください,帰ります,帰ります,はい,帰りました」。
これでクラスの中でどういうことが起きているかというと,勘のいい学習者は,先生と一緒にリピートしてくれて「行きます,行きます,行きました」,「帰ります,帰ります,帰ります」,これを何回も繰り返して,どんどん頭の中で「帰ります」と「行きます」は,消化されていくわけです。
TPRというのは,指示文をするだけではなくて,ちょっと考え方を変えて起きていることをどんどん教師の方が叙述していくということによって,「ます」とか「ました」が学習できるということですね。
例えば,こういう皆さんがよくお使いのこういう絵を描いてあると思うんですけど,「何で行きますか」と選んでもらう。それで,これはバスとともに,バスで行く,「バスで行きます,バスで行きます,バスで行きます,バスで行きました」のような形でどんどん叙述しながら,教室活動をしていく。それはもしマン・ツー・マンであれば,こんな広い部屋がなければ,机の上で小さなカードを使ってもいいと思うんですね。自分が動かなくても,これは何ですか,何か小さなものを動かしていって,そして「行きます,行きます,行きます,行きました」。何とかで「行きます,行きます,行きました」。「帰ります,帰ります,帰りました」みたいなことでちょっと自分で動きながら体験していく。そういうことによって,ただ,話しているよりは,記憶がずっと深くなっていくというふうに言われています。
この活動がこのまま終わってしまうと,これはただの練習になってしまうんですね。ここからが大切なところで,ここで十分に起きていることをみんなで説明できるようになったら,ここでも初めは,先生が「行きます,行きます,行きます」って言っていたなというふうに,文にはなっていなくて,単語だけ話しているんですね。先生の方も,教える方の側も「行きます,行きます」だけ言っている。そのうち「どこに行きますか」とか質問されて,生徒の方が「どこそこ」,「病院」,やはり単語だけで答えている。そういう時期が幾つかあって,その後にだんだんと文の形になるように活動を組み立てていきます。つまり,ここに現場があって,みんなが動いていれば,本当に文が長くなっても意味が分かるので,初めは単語でいいわけですね。そしてだんだんと現場から離れていくにしたがって,文として成立していくので,無理なくだんだんと日本語が日本語の文の形としてなっていくような形で,この活動を組み立てていくと,本等に何かスルスルスルっとゼロスタートでも教科書を開くことなく学んでいける。ただ,学習者の方は,行きたいところに行って,ワアワアやっているだけなんですけれど,知らず知らずのうちに,たくさんの日本語をもらって,それを自分が体で反応するという中で,私はどこそこに行きました,誰々と行きました,何々で行きましたというような文が言えるようになっていくわけです。あと,何分でしょうか。もう終わっていますか。

関口:大丈夫です。

梶川:あと5分くらい。皆さんも御存じのようなこういうものです。こういうものをみんなに配る。この前おもしろかったんですけど,日本人の場合はこんなものを見て大体「高い」と言うんですけど,大体学習者の方がこういうきれいなものを見て「先生,どこですか」,「これ,どこですか」ってなるわけです。「どこに行きたいですか,どこに行きたいですか」というふうにこういうのを渡すので,みんなの心は行きたいところを探そうというふうに動くわけです。それで「ここに行きたい」と思って北海道を選んだ。「きれいですね,どこですか」,「それはね,北海道」となったら,当然,北海道がどこか分からなかったら,次は「北海道どこだろう」というふうに頭が動いて行くわけですね。それで必要になるのは,「日本地図」。この日の教室活動のときには,できるだけ分かりやすい本物の日本地図を持っていって,「北海道はここです」,そして例えば,今「タンさんはどこですか」,「タンさん,ここです」というふうな話をすると,こことここの間には距離があるぞというのは誰でも分かるわけです。
そうすると,次の頭はどう動くかというと,どうやって行くんだろうと誰でも思うわけですよね。ちょっとさっき勉強した「何で行きますか」というのがもう大分残っている。「何で,何で」,「何で」というのをちょっと補足して「何で行きますか」というような形で,一緒に時刻表を見たりとか,それから飛行機のパンフレットなどありますよね,それを見て,飛行機でここからここまで何時間で大体幾らくらいというような会話が別に語意表とかなくても,何か心がそっちの方に動いているので,自然に入っていく。もう一つ大事なことは,その活動をするときに,多分日本の白地図が必要,なぜかというと,もう一歩ステップアップ*1するときに,その日本の白地図のところに自分のいるところを例えばピンクで塗っておいて,行きたいところをブルーで塗る。今後は何で行くことにしたかということでちょっと飛行機を書いてみる。幾らだったか値段を書いてみる。それでどのくらいかかるという時間も書いてみる。どういうところかここをチョキチョキって切ってそこで張っておく。そうすると,最後の時間には,これは2時間くらいの活動なんですけれども,自分の行きたいところへ行って帰ってくるというプレゼンテーションがこれを使ってできるようになっているということなんですが,初めはバタバタ動き回っているだけなんですけれども,最後にはここまで行き着くことができると,何か随分日本語うまくなったみたいよという気持ちで帰ってもらうことができます。
実は,ここまで行けなくても,どこの活動で切っても,一応コミュニケーションとしては,完成する形で現場であれば,単語でコミュニケーションしていればいいわけですよね,現場があれば。そこは大丈夫ですか。なので,通常の日本語教育は,こういうところから大きく大きくして,最後に会話練習をするというような形だったんですけれど,そうではなくて,初めにもう会話練習を持ってくる。会話の中で積み立てていく。でも大切なことは心の動きというものを狭い狭いところまで持っていって,こっちですよ,こっちですよ,あっちに行かないでくださいというような形でこころの動く先々に,例えばこういうものだったりとか,ああいうものだったりとかを置いていくことによって,ダーッと引っ張っていけるということを考えました。これがTPRの活動です。
ただし,必ず文が乱れるときがあるんです。できれば,ゼロスタートの学習者であっても,文が乱れて欲しくないと教師根性で思うわけで,そのときに,そこに書きましたVT法というのを使っています。今日はほとんどお話する時間がありませんが,VT法というものは元々,例えば隣の部屋で誰かが話しをしている。それが日本人じゃなかったとしたら,大体私たちには分かるはずなんですね。内容は分からないんだけど,隣の部屋でワアワア話しているのは,日本語じゃないみたいよというのはなぜ分かるんでしょうかということで,そういう経験はありますよね。隣でうるさいんだけど,あれは日本語じゃないみたい。でも言っている意味は分からないわ,私その言葉できないしということ。あるいはほとんど単語は聞こえてこないん,でも何かが違う。その何かに注目したのがそのVT法,ベルボ・トナルメソッドという発音指導です。基本になっているのは,各言語に固有のリズム,固有のアクセント,固有のイントネーション*2というのがあります。そっちから直しましょうというのがこのVT法です。
例えば言語教育には,小さいところから大きくしていくという考え方と,大きいところからまず見ていて,だんだんに小さくしていくという考え方があると思うんですけれども,このVT法もTPRも大きいところからスタートということなんですね。まず,日本語のリズムを日本語らしいリズムで話そうと思ったら2拍というわけです。どう開くかというと,まず。VT法,皆さん御存じですか。

*1 ステップアップ 上達。進歩。
*2 イントネーション 話し言葉で,話の内容や話しての感情の動きによって,現れる声の上がり下がり。抑揚。


参加者:ビデオで見たんですけど,実際には分からないです。だからもうちょっと長くて,こういうふうにやっているだけだから,ビデオだと。

梶川:ごめんなさい,これのやり方をまず習ったんですね,こんなふうにやったら,「梶川さん,それ高過ぎるわ,強過ぎるわ」って言われて,何かそのくらい,胸の前でこのくらいで,そっと動かさなくちゃいけないんです。なぜならば,日本語というのは,世界の言語の中で,本当に緊張感の低い言語なので,こんなふうに動いたらどんどん緊張感が高くなるので,日本語らしく聞こえなくなるという,それでわらべ歌,なぜならば,伝承的なわらべ歌というのは,どの言語でも必ずその言語固有のリズムがある,そのように言われております。どのように影響するかというと,例えば,「たこたこ上がれ天まで上がれ」。こういうふうにやるんですけれども,これでちょっと右手でなぞってみましょうね。これで1,2です。はい「たこたこ」,ちょっと御唱和お願いします。

梶川・参加者:「たこたこ上がれ,天まで上がれ」。

梶川:そしてこれから何か意味のある言葉にしたいわけですから,あいさつにつなげます。「こんにちは」。はい,もう一度。

梶川・参加者:「こんにちは」。

梶川:「こんばんは」って楽しいですか。そういうことに気が付いたわけです。それでものすごく暗くなる。これはもともとは外国の方なんですけど,もともと耳の聞こえない子供たちのために,母語を何とか聞こえさせてあげようと,何とか話させてあげようということで開発されたものなんで,暗かろうが明るかろうが関係ないといったことなんです,これはね。だけど私が授業で使うときには,やはりみんなが暗いと困るわけです。どんどんみんなが沈んでいってしまうので,大変VT法の専門家の皆様には足を向けて寝られないんですが,やめました。
それでどうするかというと,できるだけ楽しく,もうこういうこの乗りで,しかも「たこたこ」もやめました。なぜなら,「先生,たこは何ですか」,「食べられますか」と言って,もういいやと思って,要するに,これをやりながら,目標の表現,今日勉強してもらいたいなという目標の表現に入れていくわけです。「昨日私はディズニーランドへ行きました」「ディズニーランドに行きました」というような形で,「昨日私はディズニーランドに行きました」。言ってみましょうか,みんなで,できますか。はい行きましょう。

梶川・参加者:「昨日私はディスニーランドに行きました」。

梶川:これを例えば一人ずつやります。済みません,タンさんどうぞ。

梶川:上手。はい,ヨさん。

参加者:昨日私はディズニーランドに行きました。

梶川:はい,こんなに言えないんですね。「昨日私は」,大体「ディ,ディ,ディ,ディ」なんて言っているうちに終わっちゃうので,「もう一度ね」なんて言いながら,それだけでも何万回もできませんけれども,ほとんど何十回も練習できるわけです。学習者の意識・注意というのは,この中に,日本語の意味のある音を入れていこうということに集中していますから,飽きないです。自分は発音がクリアになるためにこれを何度も言っているのであって,覚えるために言っているのではないということは全然違います,できあがりが。
それでもっと速くしたいなと思ったら,速くすることはないんですよ。まとまりを大きくする。「昨日私はディズニーランドへ行きました」。はい,言ってみましょう。

参加者:「昨日私はディズニーランドへ行きました」。

梶川:だんだん日本語らしく聞こえてくるわけですね。最後は文アクセントになりますので,「昨日私はディズニーランドへ行きました」。ちょっと小高い山のような形で,「昨日私はディズニーランドへ行きました」。これは例えば中国人が言いますと,「キノウワタシハディズニーランドヘイキマシタ」。「日本語に聞こえないのよ,シュウさん」というときには,一緒にぞうきんがけをしてみる。ここから「昨日私はディズニーランドへ行きました」みたいに,みんなでぞうきんがけをしているわけですから,その中で。でもそれはそれで楽しいです。そんな形で,リズムイントネーションをなぞっていくというようなことを,今日の大切な言葉の中で,今日発音練習を進んでみましょうと言うと,またこれは何かちょっと違った周囲の雰囲気で学習することができます。
これは要するに,一番大切なことは,今学習者の注意がどこに向いているかということなんですね。例えば,多分今皆さんの注意は私の話に向いていると思うんです,多分。寝ていらっしゃる方もいらっしゃると思いますけれども,でも何度も,ここで話していても,ここで救急車が通ったら,私の話は多分聞こえなくなって,「あら火事かしら,煙の方」,いなくなったら,火事じゃなかったのねと思って私のところに多分戻ってきてくれるでしょう,注意は。ということで学習者も1回に1個のところにしか注意が置けない。特に初級者の場合はね。
そのことを考えたら,今は発音練習よ。今はがたがた動くのよ。でも先生の話はよく聞いてねみたいな感じで分けていくと,大分楽になっていく,教えるときに。それで学習者の方も学習しやすくなるということで,多分もう終わりですね。ありがとうございました。
今,この活動集というのをAJALTで開発していまして,初級,ゼロレベルの方でもいろいろなモジュール型*1でどのところからでも学んでいただける方法というのを多分,近い将来,お手元に届くべく頑張っていますので,もうちょっとお待ちいただきたいと思います。ありがとうございました。

*1 モジュール型 ここでは,単元ごとに独立性が高く,組み替えができるようにしてあること。


関口:続きまして,『リソース型生活日本語』というAJALTで開発しました教材,文化庁からの委嘱を受けて開発した教材についてお話したいと思います。この『リソース型生活日本語』は,今ウェブ上で公開していますが,御覧になったことのある方は,ちょっと手を挙げていただけますか,どのくらいいらっしゃいますか。6人。使っていらっしゃる方いらっしゃいますか。いらっしゃらない。何となく聞いたことのある方。では,全く今日初めてという方は残りの方ということですね。分かりました。それでは,簡単に『リソース型生活日本語』についてお話し致します。この教材を開発するに当たりまして,いろいろな地域の日本語支援者の方にお話を伺いました。そのほかに私が長い間,かかわってきましたインドシナ難民の方々とか,ボランティア教室の学習者の方に,「どんなことを教室で勉強したいですか」ということをいろいろお聞きしました。そうしますと,子供の学校からのお知らせや回覧板などが読めるようになりたいとか,電話で話せるようになりたいとか,いろいろ具体的なことが出てきました。その中で,一番多かったのが自分一人でできないことが残念だということでした。ボランティアの方も親切でいろいろやってくださるけれど,一人で何かできないということが,自分にとって,自分の国にいたときは,自分で何でもできた。でもここに来たら誰かに頼らないとできないということが情けない,残念という声がとても多かったんです。一人で何でもできるようになったら,すごく世界が変わるんじゃないかとおっしゃっていました。
それから,かなり話せるラオスの人ですけれど,今生活もできるし,子供たちも大きくなって生活も落ち着いています。でも会社の会議のときに,みんなが話している内容は全部分かるし,そこでいろいろ困って話し合っていることに関して,こうしたらいいのに,ああしたらいいのにって,本当は言いたいんですが,それが言えない,どういうふうに会議の席で自分の意見を言ったらいいのか,そういうことを学べたらという声もありました。
『リソース型生活日本語』というのは,地域で生活している人たちが地域住民として快適な生活ができるようになることに向けて,支援者と学習者ができることを一緒にやっていこうということで開発したものです。
「リソース」というのは,資源とか供給源とか物資とか,辞書には出ていますが,要は材料,素材という意味でタイトルに使います。どの地域で生活している外国人に対しても使える教科書が欲しいという声に合わせたものを作ろうという話になったんですが,結果としては地域,みんなそれぞれニーズも違うし無理でしょうということで,実際に地域や学習者に合わせて書きかえられるもとになるもの,材料,それのたたき台,そういったもののヒント,ですからこれはこうして欲しいというのはその地域によっていろいろ違ってくるので,たたき台というふうにお考えになっていただくと,このリソース型という意味を理解していただけるかなと思います。
『リソース型生活日本語』の目指すところは,日本で生活する外国人が必要とする日本語力をつけることです。今お話したように,一人で自分が行きたいところに行き,話したいと思うことが話せる,そういった生活を目指す,なかなか大変ですけれども目指す。そして,今日はこの文型を練習しましょうという形のものではなく,行動が達成できる,自分のしたいことができるためにやるということですね。ですから,このことができるようになりたいと思ったら,そのことを勉強する形です。しかし,これは学習者が直接アクセス*1して使うものとしては作っていないんですね。支援者を支援するという形で支援者支援教材です。この中には,いろいろな役に立つ情報等も入れております。実際にインターネット上に無料で公開しております。ぜひ活用していただきたいと思います。
AJALTのホームページ,ここに書いてありますが,お渡ししました冊子の中にもこのホームページのアドレスがありますので,お書きにならなくても結構です。このホームページ上にアクセスしていただきますと,こういうAJALTのトップページが出てまいります。ここに『リソース型生活日本語』と書いてありますね,ここをクリック*2していただきます。そうしますと,このようなトップページが出てきます。そして左側のメニュー*3に「会員になるには」という項目があります。一応会員登録をしていただくことになっているんですね。今日お帰りになりましたら,ぜひ会員登録をしていただきたいと思いますが,全く無料ですので,ぜひ学習者と一緒に活用していただきたいと思います。ここに赤いチョンチョンとありますけれども,ここを埋めていただければと思います。該当しないところがありましたら「なし」と入れてください。この「なし」がないと,IDが戻ってきませんので,とにかく赤いところを全部埋めてください。そして該当しないところは「なし」で結構ですので,それでやっていただきたいと思います。

*1 アクセス 接続。
*2 クリック コンピュータで,画面上のアイコンをマウスでボタンを押して操作すること。
*3 メニュー 献立表。ここでは,一覧表の意味。

  登録の仕方に関しては,よろしいですか。ぜひお帰りになったら登録していただきたいと思います。特徴としては無料公開しているということ,それから材料だということなんです。時々「港区の区役所の書類が入っているんですが,それは使えません」というメールをいただくんですけれども,それはサンプルなんですね。具体的なサンプルを載せるために,私たちの事務所のある港区のものを載せています。学童保育の申し込みにしても,港区のものを載せていますので,それぞれの地域の書類をこのような形で使ってくださいというサンプルです。順番はどこから使ってもいいです。すべて生活の中の行動場面になっています。
例えば,レストランに入るということを考えます。どういう行動が必要かと言いますと,レストランに入っていって座って,メニューを見て注文してお料理が来て支払いをする。この一連のことが全部できて,お金を払って帰ってくるまでができると家族を連れて自分達だけでレストランに行けるということですね。行きたいと思うレストランに行けるということになると思うんですが,そのためにはどの様なことができなければいけないでしょうか。まず立て札が出てきますね。並んでくださいとか,予約してくださいとか書いてあったり,禁煙席とか喫煙席とかと質問されたり,子供用の席は必要かと聞かれたり,子供用の席が欲しいんだけどと思ったときに何と言ったらいいのか,メニューが分からない,何を食べていいか分からない。水が欲しいな,トイレに行きたいんだけどどうしたらいいんだろう。ちゃんと注文できたかなとか,料理が来ない,違う料理が来た,どうしよう。もういっぱいいっぱいありますね。勘定書きが来ないとか領収書が欲しい。テーブルに勘定書がちゃんと置かれることになっている国の人は,そうだと思ったら何も来ない。どうしたらいいのか。
このようにレストランに行って,全部支払いするまでの間にいろんなことがありますね。そういうことに対処できなければいけないということですね。それを考えて,『リソース型生活日本語』の中の「レストランに入る」というのを見てみましょう。
「いらっしゃいませ,何名様ですか」,「5人です。3歳の子がいるんですが」,「では,お子様用のいすを御用意いたします。禁煙席でよろしいですか」,「はい,お願いします」,「今係のものが御案内いたしますので,少々お待ちください」,「ではこちらへどうぞ」ということですが,ここで大切なのは,外国人のホセさんが話すのは「5人です」というのと「3人の子がいるんですが」,これだけなんですが,聞いて分からなければいけないものが「何名様ですか」,「禁煙席でよろしいですか」,「今係のものが御案内いたしますので,少々お待ちください」とあります。そしてこの中で,必要な文法というものも入れております。これは行動に焦点を当てたものですが,逆にこういう文型を勉強したいんだけれども,これをこの中でやっていけるだろうかという形で勉強することもできるようになっております。
最後に,「社会文化情報」として最近の情報が入っております。また,先ほどの「禁煙席ですかと」いうところがもし分からなかったときに,例えばここに「トラブル参照」と書いてありますが,そこをクリックしますと,「えっ,禁煙席」というふうにホセさんが言っています。これはただ,繰り返しただけなんですが,「えっ,禁煙席」という表現ができると,自分が分からないということを相手に分かってもらえるということなんですね。各素材の中に全部こういうのを入れていません。というのは同じようなパターンですので,本当にサンプルが幾つか入っていますが,このような「えっ,禁煙席」とか「えっ,それ何」という,ただそれだけのことが結構言えないんですね。ですからそれを言えるようになったらいいなということです。この行動達成のために必要な要素ということで,四つの技能も入れてあります。それから機能を15に絞りました。あいさつするとか,お礼を言うとか,ほめるとか,クレーム*1を表すとか,許可を求めるとかいうこと,こういう機能も入れてあります。

*1 クレーム 苦情。

  そして,全体を六つに分けました。これは皆様のところにはお渡ししてあります目次58ページから61ページまで,これが目次なんですけれど,これを大きく六つに分けています。引越しをしたときにどんな行動が必要か。あるいはお嫁さんが家の中でどんなことが必要なのか。それから,あらゆる社会生活クリーニング屋さんで,あるいはコンビニで郵便局で自分がしたいことがどうしたらできるのだろうか。あるいは職場生活これが4番目,早退したいときにどうするのか,何かお給料が少ないと思うんだけれども,どうやってそれを聞くことができるのかとか職場生活のことですね。
それから,5番目に人間の関係を良好に保つために必要なこと。それから先ほど,沢田先生のお話でとてもいいお話だったと思うんですよね,まずは友達ができることが大事でしょう,本当にそう思います。この5番目の項目の中に少しずつ,最初はちょっと隣の人と会釈するくらいからスタートしてちょっとずつ「おはようございます」と言ってみて,少しずつ人間関係を構築していくやり方も入っております。それから,6番目もあります。先程説明しました困ったときにというので,「よく分からないんですが」とか,「あの文字はよく見えないんですが」とか,そういう分からないとき,困ったときの表現が6番目に入っています。これを目次に出しました。
それが皆様の方にお渡ししてある目次なんです。目次に関しては,これですべてです。182項目なんですが,この奥に目次詳細というものがあって,これは776項目なんです。これは今回,この冊子の中には入れられませんでした。それだけで相当分厚いものになりますので,この目次の分だけ入っておりますので,後ほどゆっくり御覧ください。
それから,検索もできるようになっています。例えば,「キーワード検索」というのは,ここに「学校」というふうに入れて,学校の場面をチェックして,ここを検索で入れますね。そうしますと,学校にかかわるものが出てまいります。それを見たかった場合には,こういうふうにすることもできますね。それから会話でちょっと見たければ,またそれも出てきます。それから「文型検索」もできるようになっています。一応初級と言われる文型が入っています。これは別立てでこの部分をプリントアウト*1なさって,チェックシートなどにも使えるかと思います。この中の存在のあるという語彙は,この行動シラバス*2の中でどんなものが入っているだろうかというふうに検索することもできます。そうしますと,存在をあらわす「ある」という語彙が入っている教材素材を見られます。
機能の場合は,これは15のキーワードがありますので。その中から例えば「お詫び」というところをチェックしますと,ずっとお詫びばかり出てきます。こればかり連続でやったら,いやになっちゃいますけど,ただ,支援者の方でお詫びをしたいけれども,どの種類のお詫びでやろうかなと思うようなときは,これで選んでプリントアウトしていかようにもお使いください。そして,それを加工してどんなふうになさっても結構でございます。
いろいろな御意見をいただく場として,掲示板AJALTフォーラム*3というのがやはりここにありますので,ここにぜひいろいろな,こんなふうに使ったんだけれども,これはどうだろうかとか,これはちょっとやってみたけれども,まずいんじゃないかとか,何でもお寄せください。ウェブ上に載っているということは,どんどん良くしていくことができますので,ぜひ御意見を聞かせていただきたいと思います。
今までも,ここで御意見いただいたもので直したものが随分あります。というのは,例えばサービス業の言葉がありますね。基本的にこれは外国人の発話する部分はできるだけシンプルに簡単にしてあるんですが,この周囲の日本人はできるだけ現場に合わせてあるんですね。そうするとその中には,変だけれどもよく使われている表現があるんですよ。それで最初はちょっとよく使われてるから載せていたのですが,幾らよく使われていても,できればこういう表現を学習には使わない方がいいんじゃないかという御意見をいただいて,私どもは検討し,二重敬語*4だったと思うんですが,それをやめました。あとは救急車は国によって有料なので日本では無料だということを社会文化情報にのせてほしい等いろいろ情報をお寄せいただいてやっています。あとは,IDが来ないとか,いろいろ実際の不便のときには,お問い合わせメールというのが左側のメニューにあります。そこでお問い合わせをしていただければ,どんどんそれに関しての解決をするようになっていますのでよろしくお願いいたします。

*1 プリントアウト 印刷すること。印刷物。
*2 行動シラバス 行動の目的や行動そのものに応じた,講義などの要旨。教授細目。
*3 フォーラム 集会用の広場。集会所。
*4 ダブル敬語 二重敬語のこと。

  次に,「リソース型生活日本語の活用方法」というのがありますが,まず目次の活用というのがあります。目次,この目次そのものを読める学習者は,これを読みながら「私は,これとこれとこれとこれを学習したい」というような形で,順に目次を見ていくという学習方法があります。また,目次は読めないという学習者に対しては,翻訳を使用する方法があります。ようやく10月に目次だけの翻訳ができました。それがこういうものです。これは7月に相当大幅にかわった目次なんですね。それに対する9か国の翻訳ができております。
ですから,この活用法としましては,自分の母語で見ながら,「ああ,私はこれとこれとこれが勉強できたらいいな」ということで,中は日本語の学習をするという形ですね。そういうふうに学習できるかと思います。これはできたばかりなんですが,ウエブ上に入れることができなかったものですから,これは実費お譲りすることになっています。今,500円で,きちんとした翻訳者9人の方にお願いしております。AJALTの方でもちょっと費用がかかっておりますので,実費500円プラス消費税ということで,お売りすることになっています。どうぞ御活用ください。 この中の素材を主教材,例えば『みんなの日本語』等と一緒に,「今日はこれができるようになりましょう」というふうに一つだけやってみるということも可能だと思います。あと,この素材をもとに作成した練習問題を一つお見せします。これは先ほどお見せした教材の中のレストランで食事をして出てくるということなんですが,ソラマメ君は友達とレストランに行きました。ステーキを頼んだのにコーヒーが来てしまいました。「ステーキを二つお願いします」,「はい,かしこまりました」。ステーキが来るかな,来るかな。「お待たせいたしました。コーヒーでございます」違うんですね,違うんだけれども,実際に言えなかったというような例がこの練習になっているんですけれども,それであなたがソラマメ君だったらどうしますかということで,学習者が知っている語彙をいろいろ,私だったらこう言うとか,私だったらこう言うというように,たくさん出してもらった後に「ステーキを頼んだんですが」「済みません,これ違います」というこういう表現を勉強していくというものです。リソース型の中のものを取り出して,それを教室で使えるような練習問題,これも何らかの形で冊子の形でできたらいいなというふうに考えて作成中です。
今お話しましたように地域に合わせて作り直していただくということ,それから学習者に合わせて作り直していただくということです。それから学習者に合わせて作り直していただくということで,一つ例えば,これはお嫁さんのなんですが,「マイさん,そこのみりんを出して」,「みりんってこれですか」,「いいえ,それはお酢よ,その隣の,そうそれ」,「これがみりんですか,はい,どうぞ」という,こういうものがありますが,「みりんってこれですか」という表現をここで覚えようというものなんですが,これはある地域のネイティブの方が作ってくださいました。「マイさん,そこのみりんを出してくだっしょない」,「みりんってこれですか」,「違うぞい,それはお酢だぞい,その隣の,んだ,それだぞい」,「これがみりんですか,はい,どうぞ」。これは9地域のどこだと思いますか。福島の方が作成してくださったものです。以上いろいろ活用の方法はあると思いますが,ぜひ御活用ください。非常に走りながらですが,説明いたしました。あと,半までの時間にいろいろ質問をお受けしたいと思うんですね。それは沢田先生,杉澤さん,梶川さん,すべて含みまして,ぜひこれは今聞いておきたいということ,おっしゃってください。はい,どうぞ。

参加者:岡山学院大学の山根です。今日はいろいろありがとうございました。それで4点ほど質問させていただきたいんですけれども,時間がないので,もしあれでしたら,大事なところだけ1点でもいいと思うんですが,梶川先生の方にベルボ・トナルとの関係ですけれども,1点目が個性の問題でイントネーションが一番母語の影響を受けていて,最後まで残りやすいというふうに言われているんですけれども,ベルボ・トナルでイントネーションは,大分矯正されるものでしょうか。それが1点目です。2点目は,そのベルボ・トナルを使うとアクセントの問題は解消されるでしょうか,つまりアクセントは直せますかということです。それから,3点目は,確か月刊「日本語マニュアル」か何かに広島大学の松崎先生と横浜のコウノ先生たちがイントネーションとかアクセントのいろいろな矯正の仕方をヘットトリックさせてやっていらっしゃると思うんですけれども,それとベルボ・トナルと比較して,どちらの方が効果があるとかそういうのが分かりましたら教えていただきたいんですけれども。私もちょっと松崎先生のをはっきり見ていないので分からないのですが。最後,4点目なんですけれども,例えばベルボ・トナル以外に先生が発音矯正あるいはイントネーション矯正,半音矯正全部含むんですけれども,やられて,こういうのが実際役に立ったというものがあったら教えていただければと思います。4点あるので1点だけでも結構です。よろしくお願いします。

梶川:済みません,私のところだけで時間を終わらせてしまうわけにいきませんので,ちょっとだけ。まず,大切なことは,発音矯正というのがどういうふうなものかというのを確認したいので,ちょっとじゃんけんしていただけますか前の方と。それでじゃんけんで3回勝ってみてください。はいスタート。はいストップ。勝った方は,次負けてください。勝った人は次負けてください。負けるときに,負けたということは後出しをするんですけど,後出しをしてわざと負けたということが相手に分からないようなタイミングで負けてください。つまり素早く後出しをするということです。どうぞ。3回負けてください。ストップ。負けられましたか。ということなんですね。つまり,頭の中でこういうふうにしなければならないとか,こういうふうに発音したいということが幾ら分かっていても,自分が持っていて,細胞の中に組み込まれてしまった前のものがあるので,ふっと気を許してしまうと,それがわっと出てきてしまうということです。
ほとんどの場合,発音矯正で失敗するのは,先生の方が諦めるということです。もう一つは,余りしつこく言い過ぎて,学習者が自信をなくすということです。なので本当のことを言って,どの方法でも私はいいと思うんですけれども,どうして私がベルボ・トナルを選んでいるかというと,今のように,いろいろな学習活動の中で組み込んでいくことができるということが大きな利点です。
四つ全部のお答えになるかどうか分からないですけれども,今のように,この表現を何とか覚えて帰っていって欲しいなというときに,こういうふうにしながら,まずリズムを直しますね。これは例えば「昨日どこそこに行きました」だけだと何か変だから,だんだんと「昨日どこそこに行きました」で,最後に文アクセントに持っていくというのが一つです。それでもう一つ大切なことは,これは平常文になっているんですけれども,疑問詞,疑問文になると,「どこに行きましたか」「誰と行きましたか」「何で行きましたか」と。ここの「な」が高いとか,「ど」が高いとか,「だ」が高いというのがどうしてもできない学習者がいます。なので,もう私,アントニオ猪木っていますよね,かつて,あ,まだいると思うんですが,「ダーッ」とかやっていたじゃないですか。あれと一緒で「どこにいきますか」というのをクラスで目いっぱいやって,そのくらいに引っ張ってこないと,強い印象を持って自分の母語のイントネーションと,日本語の疑問詞イントネーションというのは違うんだなということがまず分からないです。
もう本当にベルボ・トナルに関しては,その印象をもって,あとはそれを本当に自分がどれだけそれを続けていけるか。そしてそれがどれだけ先生が諦めないでサポートできるか。しかもサポートの仕方として「上手,もう日本人と同じです」「田中さんですか」とか言いながら,おだてにおだてて傷つけないようにして持っていく。でも学習者によっては,非常に強い人もいるのでどんどん直すのが好きな人,ちょっと直されたらキューってもう隅に行っちゃって出てこない人,いろいろいますので,これはもう心理的なことだと思うんですね。なので,本当に発音矯正をしても第3点目。
1点目は,本当に諦めないことと,2点目は,自信を失わせないということ,3点目は学習者が自立して自分で直していけるようにするということですね。アクセントもイントネーションもそれを乗り越えたら直せます。
それから,変な発音ありますよね,個別の音,例えばこの間から「ソレハランデスカ」とか言っている研修生がいて,それでは企業に行ったときに日本語として受けとめられないでしょう,だから「それは何ですか」って彼は言っているんですよ。「ワタシハ」と言って。それを直すのにまた,彼だけ呼んで個別に指導したんですけれども,その個別による指導というものあります。でもそれも励まし「大丈夫,だんだん日本人と同じように発音できているよ」という,そういう心理面のサポートもとても大切だと思います。済みませんこんなことでよろしいでしょうか。ありがとうございました。

関口:ほかに,はい,どうぞ。

参加者:福岡からまいりました。留学生フロントというボランティアをやらせていただいておりますけれども,今,週に一度だけ1時間半,1時間半で初級と中級をしているんですが,初級の場合,全然できないゼロの方と,それからまあまあできるとかいうくらいの人がいるんですけれども,そのときにまず「平仮名,片仮名覚えてきてね」と言っていても全然覚えてこないので,板書とかカードとかを出したときに全然分からないので,ぽかんとしているので,どうしてもローマ字を下に書いたりとかするんですね。そうすると,発音が変になったりとかするので,もうそういうローマ字とかを入れなくても,本当に日本語だけで表記して教えたらいいものか,すごく悩みながらずっときて,併記したりしなかったりとか,相手を見ながらして,そうするとなかなか日本語の文字を覚えてくれないんですね,いつまでたっても。どうしようかなって,今すごく悩んでいるところなんですけれども,御意見を。

関口:済みません。沢田先生,いかがですか。

沢田:それは教室サイズで。

参加者:そうです。スクール形式で15人くらい。

沢田:スクール形式でやっているわけですね。そして文字の指導ということですね。

参加者:一応文型をやりながら,発音をしながら。例えば「食べます」とかいったときに,「食べます」では分からない,後で必ず書くんですけれども,文字で見た方がいいかなと思うので,そのときにそれをまず平仮名と片仮名が分からない人たちがいますよね。そのときにローマ字で書いた方がいいのか,どうなのかというのをいつも悩みながら,いつまでも書いていると,いつまでもローマ字しか書かなくて,平仮名・片仮名は書いてくれないという人もいるんですね。

沢口:そうですね,まずローマ字表記の点ですけれども,日本のローマ字表記は御存じのようにヘボン式とか,訓令式とかあって一定じゃないんですね。教育機関によってもいろいろな違う表記を使っていると思うんです。その違いがあるというのが学習者にとってはややこしいというのが一つですね。
それから,今おっしゃったように,ローマ字読みというのが表記されている音のとおりに学習者が読んだら,「これは先生,字なんですか」と言われたことがありますから,日本語のローマ字の表記はこれで,それはその音なんだということを言わなきゃいけないというようなことがありますので,なかなか難しいことがあるんですけれども,私が教えている教育機関でも,まだ文字が十分定まっていないときには,便宜的にローマ字を併記して指導しています。今言ったように,いつまでもそういったローマ字表記をしていると,やはりなかなか文字の方に,平仮名・片仮名の方に行ってくれないので,期限を切って,これまではローマ字表記をするけど,これからはしないよというようなことを言って,モチベーション*1を高めるということですね。
それと地域の日本語教室なんかでは,やはり文字の必要性というのが非常にニーズが違うと思うんですね。定住する,あるいは長く日本に滞在する,あるいは日本で生活する,仕事を得るという人にとっては,やはり文字というのは覚えなきゃいけない,乗り越えなきゃいけない関門なので,さっきの梶川先生の話しじゃないですけれども,あの手この手を使って励まし,おもしろい仕掛けをして覚えてもらう。あるいは,短期滞在で,私はもうビジネス*2の場面で文字を読んだり書いたりは要らないんだというような学習者には,「でも日本にいるから文字を」ということはあえてしていないということですね。
文字というのは,日本語,表記法がいろいろあって,それだけでも負担があると思うんですけれども,書けるようになるまでやるということではなくて,話すこととか,そういうほかのことをやりながら,平行して文字を少しずつやっていくというのが一番いいんじゃないかなと思います。
神経衰弱をしてみたり,同じような形のもので集めていくゲームをやったり,文字の海の中からこれを見つけてというようないろんな楽しい仕掛けを持ってきて,文字が読めたら便利だよということを何かで気づいてもらうというような形でやっていますけれども。

*1 モチベーション 動機付けのこと。
*2 ビジネス 仕事。事業。


参加者:ありがとうございました。

関口:ありがとうございました。今,先生が,おっしゃいましたようにニーズによると思います。短期のビジネスマンなどは,AJALTでもローマ字表記を使っておりますが,地域の場合には,できればそのまま平仮名の文字の方がいいかと私も思います。それでなかなか覚えられない場合ですが,例えばさっきおっしゃった「食べます」でしたら「食べます」というカード,学習者カードを作っておいてそれを取る,カードを取る練習とか,絵と合わせるとかで全体でまとめて読めるようになっていくんじゃないかなと思うんですね。そして取れるようになったらそれを見ながらちょっと書いてみる。丁寧に書いてみるということから,少しずつ書きの方に行ったらどうかなと思います。ほかにいらっしゃいますか。あと,何分かな。あと5分くらいですか。もうちょっと7分くらいありませんか。質問はございませんか。それでは,私から質問なんですが,先ほどリソース型のことで,ちょっと実際に使ってみて何か御意見があったら教えてください。どんな状況ですか。

参加者:島根県の松江の方で「だんだん」というボランティアグループに入っておりますNと申します。このリソース型のこれは,3年くらい前に日本語教育大会の東京の方に行ったときに,最初に先生に「もうすぐ出るからね」って言っていただいてから,ついに出たのですごい楽しみにして,開いて1回使わせていただいたんですけど。あと島根県の研修館というとことで,研修生たちに教えていまして,そのときに文化の違いをやろうと思って,どこかの本から探し出そうと思ったんですけれど,なかなか調べられなくてどこから検索していいか分かりませんでしたので,リソース型があるわと思いまして,それから検索して,中国の方のはしの使い方で,死んだときにしか,日本はお茶碗に御飯を入れてその上にはしを日本では立てないけど,中国では立てるとか,何かそんなのがあったような気がするんですけれども,大分前だったんですけれども,そういうのをちょっと使わせていただいて,最初,みんなの文化の違いとか知る上でそういうことを話し合っていきましょうということで。中の方の言葉のあれは変えていないんですけれども。

関口:ありがとうございました。今のは,日本人に嫁いだお嫁さんの例です。お宅に帰って見ていただけたらと思うんですけれども。お嫁さんが御飯を食べながら,ちょっと休みますよね。その時に,御飯茶碗におはしをぽんと立てたというケースがあったんですね。実際に何気なく,ただぽんとおはしを立てた。そうすると,ぎょっとするんですね。それでおしゅうとさんが「日本人はね,人が亡くなったときにしかやらない。」と教えます。そういう文化情報もあります。
あとは,その文化のところで,おしゅうとさんがお嫁さんに,おみそ汁の飲み方を「マイさん,そのおみそ汁の飲み方は行儀が悪いよ。持って飲みなさい」と言っているんですね。それでマイさんは,「えっ,私の国では持つのが行儀が悪いんです」って「へえ,国によって違うんだね」というやり取りがやはりそこのそばにあるんですね。それは知らない文化に対して,「行儀が悪い」というのは,私たち日本人が大体反応することですよね。片ひざを立てて御飯食べてお行儀が悪い,でも,片ひざを立てて食べるのが正式な国もありますよね。そういうことをそのおしゅうとさんは聞いて「国によって違うんだね」という反応をその中に入れました。そのことで,私たちの,日本人側の気付きといいますか,私たちが気が付かなきゃいけないことがたくさんあるというところを文章で説明したというよりも,会話の中で入れ込んでいるつもりなんですね。
ですから,共に生きるということがなかなか難しいんですね。どうしても私たちは私たち側の評価をしたくなりますし,お互いに自分たちの慣れ親しんだものがいいに決まっていますので,その辺のところで,よく感情の行き違いが起きたりします。
金子みすずの詩の最後の言葉「みんな違ってみんないい」,あれは金子みすずさんは,外国人の方をイメージしたわけではありませんが,心に響く言葉ですね。
今日は本当に走り走りで忙しく過ぎてしまいましたが,どうか何か少しでも参考にしていただけたらと思います。ありがとうございました。杉澤さん,沢田さん,梶川さん,ありがとうございました。
ページの先頭に移動