令和2年度 ミュージアム・エデュケーション研修(前半日程)の実施報告

主催:
文化庁
共催:
公益財団法人東京都歴史文化財団東京都美術館
葛飾区郷土と天文の博物館
期日:
令和2年10月7日(水)~10月9日(金)
会場:
東京都美術館

日程表(266KB)

令和2年度ミュージアム・エデュケーション研修(前半日程)テキスト・資料集(487KB)

令和2年10月7日(水)から10月9日(金)までの3日間,東京都美術館アート・スタディルームをメイン会場に,令和2年度ミュージアム・エデュケーション研修(前半日程)が開催されました(平成30年度までは「ミュージアム・エデュケーター研修」)。

講義等の座学だけでなく,ディスカッションやグループワークなどを多く取り入れた研修は,全体を通して博物館教育の意義や目的,博物館で教育事業に携わる担当者としての基本姿勢を学び,再確認できる場となっています。また,自ら教育事業を企画・運営し,教育プログラムを開発する能力や,自館の課題を見いだし対応する実践力を養うことを目指しており,これまでの研修修了生たちは各地の博物館でユニークな教育事業を展開しています。

本研修は例年,約50名の受講生を迎えて実施していましたが,今年度は新型コロナウイルス感染症対策として受講人数を絞り,消毒その他の各種対策を講じて開催することとなりました。研修内容についても感染症対策の観点から若干の変更を加えています。それでも北海道から沖縄まで,全国各地から集まった博物館教育担当者が前半日程の3日間を受講し,各々の課題意識や展望のもと,熱心な受講と活発な意見交換が行われました。

以下,研修の様子を紹介します。

10月7日(水)

初日は6つの講義,ディスカッションが行われました。博物館教育の特性や新しい社会課題への対応に関する講義のほか,自身のこれまでの取り組みを振り返るディスカッションも行われ,休憩時間もあまり取れない状況ではありましたが,熱心な受講と活発な議論が展開されました。

1.布谷知夫氏(企画運営会議委員・三重県総合博物館)からオリエンテーションを兼ねた講義として,「博物館で起こる学びとは」と題したお話をいただきました。博物館教育は利用者の参加を前提としてすべての事業に関わるものであること,博物館での学びの特性とは,など基礎的な内容を丁寧にお話しいただき,緊張でやや堅くなっていた受講生を解きほぐしながらこれからの研修に向けた姿勢を整えていきました。

2.鈴木忠氏(白百合女子大学)からは「人はどのように学ぶのか−発達心理学の視点から−」の講義をいただきました。人は生涯にわたって学ぶものであること,その発達には他者視点の取り入れからの「内省」と「ゆらぎ」が重要となることなどを,様々な実験結果からお話しされ,人の学びが個人の中でどのように生起するのかを,深く考える機会になったかと思います。

3.井島真知氏(企画運営会議委員・ベルナール・ビュフェ美術館),佐藤優香氏(企画運営会議委員・東京大学大学院)の進行によるグループディスカッションは,テーマを,「自らが問い続けたいことは」「より深めていきたいことは」として実施されました。自館や自身の中にある課題解決や対応を目指すにあたり,性急に答えだけを求めるのではなく,その前にある「問い」自体をしっかりと見つめるためのディスカッションです。課題の背景にある意図や事象を見つめ直し,もう一度言語化する作業の中で,漠然と持っていた悩みや問題意識について鮮明化することができたのではないでしょうか。

4.稲庭彩和子氏(企画運営会議委員・東京都美術館)からは「社会課題に呼応する博物館活動-社会的包摂の視点とウェルビーイング」の講義をいただきました。近年になって,博物館に期待される社会的役割はますます多様化しています。2019年9月のICOM京都において提案された博物館の新定義案にも,inclusiveやwellbeingのワードが盛り込まれていたことは記憶に新しいところでしょう。講義では社会的包摂やウェルビーイングという考え方自体への理解や,SDGsとの関係,社会的存在としての博物館という視野角から,今後の博物館の活動や在り方について考えることができました。

5.染川香澄氏(企画運営会議委員・ハンズ・オン プランニング)の「利用者の博物館体験について知る」の講義・ディスカッションでは,自館の利用者の反応や行動の観察・調査を通じて,利用者の博物館体験を検証することの大切さをお話しいただきました。利用者のために多様な展示や教育活動が実践されていますが,ともすれば利用者の視点が欠落しがちです。講義の中では博物館利用者の反応や行動を館内で共有すること,その視点をふまえて教育活動を改善し続けることの重要性が再確認されました。

6.大木真徳氏(青山学院大学)から,「社会教育・生涯学習・博物館・博物館教育」の講義をいただきました。法において社会教育施設と定義される博物館ですが,社会教育について十分に理解ができているでしょうか。講義では学習と教育の定義,多様な教育の在り方,学習ニーズを把握する中での要求課題と必要課題など,博物館教育を位置付けるための理論的枠組みをお話しいただきました。難解に感じる教育の定義や理論を鮮やかに整理していただき,モヤモヤしていたものが腑に落ちたと感じる受講生も多かったようです。

10月8日(木)

2日目は,午前中に学校と博物館の関係性を考える講義と事例紹介,ディスカッションが行われました。博物館利用者の中で大きな割合を占める学校利用,その在り方や取り組みの方向性について悩む博物館現場も多く,受講生の関心も高かったようです。講義後には活発な質疑が交わされました。午後からは利用者が能動的に学ぶ教育プログラムを実践。プログラムの構築過程やその背景にある考え方,ファシリテーションの技術について学んでいきました。

7.「学校のよりよい利用に向けて」をメインテーマに2本の講義と事例紹介が行われました。
可児光生氏(企画運営会議委員・美濃加茂市民ミュージアム)からは「学校と博物館 そのよりよい利用に向けて」と題した講義をいただきました。「博物館は学校の勉強を補完するためのサービス機関なのか?」という問いかけは,多くの受講生に響いたようで,受講後のアンケートでも自館の活動を見直したいなどの感想が見られました。

平岡健氏(日本教育公務員弘済会埼玉支部)からは「学校教育現場の視点から」と題した講義をいただきました。博物館現場と学校現場の両方の経験を持つ講師からは,学校現場から見た博物館への期待と要望などのほか,学校現場が抱える課題についても御紹介いただきました。教員への聞き取りやアンケートから見えてくる学校現場の実態に受講生たちは興味深く聞き入っていました。
小峰園子氏(葛飾区郷土と天文の博物館)からは「博物館の現場から」と題して,自館における学校利用についての事例紹介をいただきました。学校の要望と博物館のねらいに大きな格差を認めつつ,どのようにそれを埋めていくのか。率直な課題意識に基づいた試行と実践は深く共感できるものでした。

8.「利用者が能動的に学ぶプログラム体験」では,2本のプログラムを実際に体験し,実施後にディスカッションを行いました。
大野照文氏(三重県総合博物館)「大人の学習教室「貝体新書」:間違いを楽しむ学びの境地」は,二枚貝(ハマグリ)を用いたワークショッププログラムです。ハマグリの殻を観察し,体の構造や貝柱の数などを想定していくものですが,正解を出すこと以上にグループ内での対話の中で新しい発見が生まれることの驚きや,自身の思考を見つめ直し,解明に向かうことの楽しさを感じてもらうことを目的としています。受講生たちは正解,不正解に関わらず,対話によって他者の視点を取り入れることの大切さや,共有した議論をもとにした内省の中で新しい気づきが得られることについて,身をもって体感できたようです。

伊達隆洋氏(京都芸術大学)「みる・かんがえる・はなす・きく」は,美術作品などを使った対話型鑑賞プログラムです。対話型鑑賞は専門知識がなくても,作品の観察や解釈につなげていける鑑賞法として広く取り入れられていますが,方法論への深い理解がないことで,十分な学びに達していない状況もまま見られるようです。作品に対して自由に印象を述べあう風景は対話型鑑賞法としてイメージしやすく,その楽しさを伝えるものではありますが,それだけでは「空中戦」になりがちで,作品の深い解釈や学びを引き出せないことがあるそうです。これを避けるためには,作品に含まれる視覚情報とそれに対する自身の反応を深掘りして言語化する「ディスクリプション」が大切であると説かれました。例えば人物像を見て,「戦士みたい」という発言の背景には,

「どんな職業なのか?」という問いがあり,戦士ではないかという答え(推論)を導いた理由や判断があります。そこを言語化することこそ,作品の解釈に向かうために重要であるとされました。これは対話型鑑賞における基本的な問いかけ「どこからそう思うか」につながるものでもあります。対話型鑑賞が広まってきた今だからこそ,その方法論について改めて理解することが必要だと実感しました。

10月9日(金)

前半日程の最終日となる3日目は,受講生によるグループワークを実施。研修会場である東京都美術館の建物や空間を素材に,教育プログラムを企画しました。プログラムについては他のグループに向けて発表し,相互に評価を行います。その後,評価をもとにプログラムの検証と改良を行い,完成後にまた発表します。

9・10.グループワークの講師と進行は,林浩二氏(企画運営会議委員・千葉県立中央博物館),染川香澄氏(企画運営会議委員・ハンズ・オン プランニング)です。プログラムの企画にあたって,対象を明確にすること,参加者の鑑賞・観察・活動できる余地を確保すること,「正答がひとつだけ」のような問いは避けるべきなど,注意点を聴いた後は,3~4人が1グループとなり,プログラムの企画を進めていきます。3日目ということもあり,どのグループでも活発な議論が行われていました。各グループでユニークな企画書ができたところで1回目の発表を実施して昼休みになりました。
昼食後は各グループの企画について参加者のつもりになって,3色の付箋(青はいいね・黄は質問・赤は改善提案)で相互に評価していきます。貼り出された企画書の周囲は,みるみるうちにカラフルな付箋で埋め尽くされていきます。自分のグループの企画書に貼られた青の付箋を見て喜んだり,赤の付箋を見て苦笑いしたり。和やかながらも真剣な空気の中で評価が進んでいきました。相互評価が終わると,その内容をもとにプログラムの改良を進めていきます。

手順が複雑すぎる,時間が足りない,対象には難しいのではないか,ストーリーがわかりにくいなど,耳が痛い意見にこそプログラム改良のためのヒントが詰まっています。そのひとつひとつを利用者の声としてしっかりと向き合うことで,どのグループも見違えるように企画が改良されていきました。初日の講義で協調されていた「利用者の博物館体験について知る」こと,その有効性と意味の大きさを実感できたのではないでしょうか。また,短時間でプログラムを開発し,評価と検証により改良することに成功した体験は,大きな気づきと達成感を与えてくれたのではないでしょうか。

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